クロウ・深瀬症候群(指定難病16)

くろう・ふかせしょうこうぐん
 

(概要、臨床調査個人票の一覧は、こちらにあります。)

○ 概要
 
1.概要
これまでクロウ・深瀬(Crow‐Fukase)症候群、POEMS(Polyneuropathy, Organomegaly, Endocrinopathy, M-Protein, and Skin Changes Syndrome)症候群、高月病、PEP症候群などの名称で呼ばれているが、これらは全て同一の疾患である。現在、本邦においては、クロウ・深瀬症候群、欧米ではPOEMS症候群と呼ばれることが多い。POEMSとは、多発性神経炎、臓器腫大、内分泌異常、M蛋白、皮膚症状の頭文字を表している。1997年に、本症候群患者血清中の血管内皮増殖因子(VEGF)が異常高値となっていることが報告されて以来、VEGFが多彩な症状を惹起していることが推定されている。すなわち、本症候群は、形質細胞単クローン性増殖が基礎に存在し、多発ニューロパチーを必須として、多彩な症状を併存する症候群と定義し得る。
疫学としては、深瀬らの報告以来、我が国において多くの報告がある。発症に地域特異性はなく、全国に広く分布している。また、発症は20歳代から80歳代と広く分布している。平均発症年齢は男女ともに48歳であり、多発性骨髄腫に比較して約10歳若い。2004年の厚生労働省難治性疾患克服研究事業「免疫性神経疾患に関する調査研究班」による全国調査では、国内に約340名の患者がいることが推定された。欧米からの報告は少なく、日本においてより頻度の高い疾患であるとされている。
 
2.原因
本症候群の多彩な病像の根底にあるのが形質細胞の増殖であり、恐らく形質細胞から分泌されるVEGFが多彩な臨床症状を惹起していることが実証されつつある。VEGFは強力な血管透過性亢進および血管新生作用を有するため、浮腫、胸・腹水、皮膚血管腫、臓器腫大などの臨床症状を説明しやすい。しかし、全例に認められる末梢神経障害(多発ニューロパチー)の発症機序については必ずしも明らかではない。血管透過性亢進により血液神経関門が破綻し、通常神経組織が接することのない血清蛋白が神経実質に移行することや神経血管内皮の変化を介して循環障害がおこるなどの仮説があるが、実証には至っていない。
 
3.症状
約半数の患者は、末梢神経障害による手や足先のしびれ感や脱力で発症し、この症状が進行するにつれて、皮膚の色素沈着や手足の浮腫が出現する。残りの半数では、胸水・腹水や浮腫、皮膚症状、男性では女性化乳房から発症する。これらの症状は未治療では徐々に進行して行き、次第に様々な症状が加わってくる。診断は末梢神経障害や骨病変の精査、血液検査によるM蛋白の検出や血管内皮増殖因子の高値などに基づいてなされる。
 
4.治療法
標準的治療法は確立されていない。現状では、以下のような治療が行われており、新規治療も試みられている。少なくとも形質細胞腫が存在する症例では、病変を切除するか、あるいは化学療法にて形質細胞の増殖を阻止すると症状の改善を見ること、血清VEGF値も減少することから、形質細胞腫とそれに伴う高VEGF血症が治療のターゲットとなる。
(1)孤発性の形質細胞腫が存在する場合は、腫瘍に対する外科的切除や局所的な放射線療法が選択される。しかし、腫瘍が孤発性であることの証明はしばしば困難であり、形質細胞の生物学的特性から、腫瘍部以外の骨髄、リンパ節で増殖している可能性は否定できず、局所療法後には慎重に臨床症状とVEGFのモニターが必要である。
(2)明らかな形質細胞腫の存在が不明な場合又は多発性骨病変が存在する場合は、全身投与の化学療法を行う。同じ形質細胞の増殖性疾患である多発性骨髄腫の治療が、古典的なメルファラン療法に加えて自己末梢血幹細胞移植を伴う大量化学療法、サリドマイドあるいはボルテゾミブ(プロテアソーム阻害剤)などによる分子標的療法に移行していることに準じて、本症候群でも移植療法、サリドマイド療法が試みられている。副腎皮質ステロイド単独の治療は一時的に症状を改善させるが、減量により再発した際には効果が見られないことが多く、推奨されない。
 
5.予後
有効な治療法が行われない場合の生命予後は不良である。副腎皮質ステロイド主体の治療が行われていた1980年代までは、平均生存期間は約3年であった。メルファラン療法が中心であった1990年代には、平均生存期間は5~10年と改善が見られたが治療効果は不十分であった。全身性浮腫による心不全、心膜液貯留による心タンポナーデ、胸水による呼吸不善、感染、血管内凝固症候群、血栓塞栓症などが死因となる。2000年頃から行われ始めた自己末梢血幹細胞移植を伴う大量化学療法の中期(治療後数年)予後は良く長期寛解が期待されているが、移植後5年以上経過すると一定の頻度で再発が見られ、長期予後については今後の検討が必要である。本邦から9症例におけるサリドマイド療法の有効性を示す報告がなされている、2015年3月に、サリドマイド療法に関する多施設共同ランダム化群間比較の医師主導治験が終了し承認申請に向けて準備中である。
 
 
○ 要件の判定に必要な事項
1.患者数
340人(研究班による)
2.発病の機構
不明(VEGFの関与が示唆されている。)
3.効果的な治療方法
未確立(根治療法は確立していない。)
4.長期の療養
必要(一定の頻度で再発がみられる。)
5.診断基準
あり(学会関与の診断基準等あり。)
6.重症度分類
Barthel Indexを用いて、85点以下を対象とする。
 
○ 情報提供元
「エビデンスに基づく神経免疫疾患の早期診断基準・重症度分類・治療アルゴリズムの確立研究班」
研究代表者 金沢医科大学医学部神経内科学 教授 松井真
研究分担者 千葉大学医学部神経内科 教授 桑原聡
 
 
 
<診断基準>
クロウ・深瀬(POEMS)症候群
 
DefiniteとProbableを対象とする。ただし、多発性骨髄腫の診断基準に合致するものは除く。
 
診断のカテゴリー

Definite

大基準を3項目とも満たしかつ小基準を1項目以上満たす者

Probable

大基準のうち末梢神経障害(多発ニューロパチー)と血清VEGF
上昇を満たし、かつ小基準を1項目以上満たす者

Possible

大基準のうち末梢神経障害(多発ニューロパチー)を満たし、
かつ小基準を2項目以上満たす者

 
 
大基準:多発ニューロパチー(必須項目)
血清VEGF上昇(1000 pg/mL以上)
M蛋白(血清又は尿中M蛋白陽性 [免疫固定法により確認] )
 
 
小基準:骨硬化性病変、キャッスルマン病、臓器腫大、浮腫、胸水、腹水、心嚢水、内分泌異常(副腎、甲状腺、下垂体、性腺、副甲状腺、膵臓機能)、皮膚異常(色素沈着、剛毛、血管腫、チアノーゼ、爪床蒼白)、乳頭浮腫、血小板増多
※ただし、甲状腺機能異常、膵臓機能異常については有病率が高いため
単独の異常では小基準の1項目として採用しない。
 
 
 
<重症度分類>
機能的評価:Barthel Index
85点以下を対象とする。

 

質問内容

点数

食事

自立、自助具などの装着可、標準的時間内に食べ終える

10

部分介助(例えば、おかずを切って細かくしてもらう)

全介助

車椅子からベッドへの移動

自立、ブレーキ、フットレストの操作も含む(歩行自立も含む)

15

軽度の部分介助又は監視を要する

10

座ることは可能であるがほぼ全介助

全介助又は不可能

整容

自立(洗面、整髪、歯磨き、ひげ剃り)

部分介助又は不可能

トイレ動作

自立(衣服の操作、後始末を含む、ポータブル便器などを使用している場合はその洗浄も含む)

10

部分介助、体を支える、衣服、後始末に介助を要する

全介助又は不可能

入浴

自立

部分介助又は不可能

歩行

45m以上の歩行、補装具(車椅子、歩行器は除く)の使用の有無は問わず

15

45m以上の介助歩行、歩行器の使用を含む

10

歩行不能の場合、車椅子にて45m以上の操作可能

上記以外

階段昇降

自立、手すりなどの使用の有無は問わない

10

介助又は監視を要する

不能

着替え

自立、靴、ファスナー、装具の着脱を含む

10

部分介助、標準的な時間内、半分以上は自分で行える

上記以外

排便コントロール

失禁なし、浣腸、坐薬の取扱いも可能

10

ときに失禁あり、浣腸、坐薬の取扱いに介助を要する者も含む

上記以外

10

排尿コントロール

失禁なし、収尿器の取扱いも可能

10

ときに失禁あり、収尿器の取扱いに介助を要する者も含む

上記以外

 
 
 
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。
 

平成27年1月1日

情報提供者
研究班名 神経免疫疾患領域における難病の医療水準と患者のQOL向上に資する研究班
研究班名簿 
情報更新日 令和3年9月(名簿更新:令和5年6月)