芳香族L-アミノ酸脱炭酸酵素欠損症(指定難病323)

ほうこうぞくえるあみのさんだつたんさんこうそけっそんしょう
 

(概要、臨床調査個人票の一覧は、こちらにあります。)

○概要
 
1.概要
芳香族L-アミノ酸脱炭酸酵素(Aromatic L-amino acid decarboxylase:AADC)はL-ドーパ(L-DOPA)をドパミンに、5−ヒドロキシトリプトファン(5-hydroxytryptophan:5-HTP)をセロトニンに脱炭酸化する酵素であり、神経伝達物質であるドパミン、ノルエピネフリン、セロトニンの合成に必須の酵素である。その欠損症の典型例は、乳児期早期からの発達遅滞及び間歇的な眼球回転発作など眼球運動異常と四肢ジストニアで発症し、髄液中のホモバリニン酸(homovanillic acid:HVA)及びハイドロキシインドール酢酸(5-hydroxyindolacetic acid:5-HIAA)の低値など特徴的な所見で診断される。ドパミンアゴニストなどを用いた内服治療が試みられているが、予後は不良で多くは寝たきりで発語の無い状態にとどまる。
 
2.原因
7p12.1-p12.3に存在するAADC遺伝子異常に起因する遺伝性疾患で常染色体劣性の遺伝形式を取る。AADC活性の欠損は①髄液検査、②血漿中酵素活性にて証明される。髄液検査では、AADCの基質(L-DOPA及び5-HTP)とその代謝産物である3-メチルドーパ(3-O -methyldopa:3-OMD)の髄液中濃度が上昇し、生成物のモノアミンとセロトニンの代謝産物であるhomovanillic acid(HVA)、5-hydroxyindolacetic acid(5-HIAA)は著減している。血漿中ドーパ脱炭酸活性は低下し、多くは測定感度以下となる。遺伝子変異は30数例の報告があり、多くはミスセンス変異であるが、台湾においては単一のフレームシフト変異の集積(IVS6+4A>T)が報告されている。現在のところ、ミスセンス変異の集積傾向は無い。L-DOPA反応性の軽症例で報告された基質結合部位でのアミノ酸置換を起こすG102S変異や軽症例のS250Fなど特徴的な変異も見つかってきている。画像検査では、ドパミン合成障害を反映して18F-dopa PET検査で線条体への取り込みが消失する。しかし、頭部MRI検査では異常は認めず、TRODAT-1 SPECT検査では線条体への結合が確認できるなど、脳の構造とくに線状体のドパミン神経終末の構造は保たれていると考えられている。
 
3.症状
典型例では6か月以内に、間歇的な眼球回転発作(oculogyric crisis)と四肢のジストニアで発症し精神運動発達は遅滞する。その他に頻度の高い症状としては、随意運動の障害、易刺激性、眼球輻輳痙攣(Ocular convergence spasm)、口腔顔面ジストニア、ミオクローヌスなどがある。診察上は、筋緊張は低下し、深部腱反射は亢進するが、バビンスキー反射は陰性である。多くは寝たきりで発語のない状態にとどまるが、一方で筋緊張低下と眼瞼下垂を主症状とし独歩と会話が可能であった軽症例の報告もあり、症状の幅は広い。脳性麻痺との鑑別が困難な場合もあり、正しく診断を受けていない症例も多いと考えられる。この点については診断基準作成など本研究の課題である。病態としては、AADC欠損症例のFDG-PET検査でドパミン神経の投射が多い線条体と前頭前野での糖代謝低下の所見が報告されていることから、線条体の機能不全はAADC欠損症の主な運動症状であるジストニアと随意運動の障害の原因となり、前頭前野の機能不全が精神遅滞症状を引き起こす原因の一つとなっていると考えることができる。
 
 
4.治療法
ドパミンアゴニスト、モノアミン酸化酵素阻害剤、補酵素であるビタミンB6などを用いた内服治療が行われているが、典型例に対してはわずかな効果しか期待できない。そのために現在は遺伝子治療に期待がかけられている。AADC欠損症では脳の構造がたもたれていること、さらにAADC遺伝子の導入はパーキンソン病の治療として研究されている手法が流用できることが有利な点であり、国内でもすでに2015年から数例の患児に対して遺伝子治療が実施されている。適切な薬剤治療やリハビリテーションの知見を蓄積しながら、遺伝子治療の安全性と有効性の検証にむけた研究を進めて行くことが必要である。
 
5.予後
ドパミンアゴニストなどを用いた内服治療が試みられているが予後は不良で、多くは寝たきりで発語の無い状態にとどまる。遺伝子治療は有効な治療法で予後を改善すると考えられるが、本邦ではまだ開始されたばかりで長期的な予後は不明である。生涯にわたって注意深い治療と経過観察が必要である。
 
○要件の判定に必要な事項
1.  患者数
100人未満(約10例)
2.  発病の機構
不明(DDC遺伝子異常が原因であるが、同じ遺伝子変異でも未発症例や重症例があることなど、発病の機構、病態が未解明である部分が多い。)
3.  効果的な治療方法
未確立(対症療法が主であるが、2015年に本邦でも遺伝子治療が始まっている。)
4.  長期の療養
必要(一般的に予後不良で進行性であるが、早期に遺伝子治療を行えば予後は良好と考えられる。)
5.  診断基準
あり(研究班が作成し、学会が承認した診断基準)
6.  重症度分類
日本先天代謝異常学会による先天性代謝異常症の重症度評価を用いて中等症以上を対象とする。
 
○情報提供元
日本小児科学会、日本先天代謝異常学会
当該疾病担当者大阪市立大学大学院医学研究科発達小児医学分野教授新宅治夫
 
厚生労働省難治性疾患政策事業「新しい先天代謝異常症スクリーニング時代に適応した治療ガイドラインの作成および生涯にわたる診療体制の確立に向けた調査研究」
研究代表者熊本大学大学院教授遠藤文夫
 
日本医療研究開発機構難治性疾患実用化研究事業「新生児タンデムマススクリーニング対象疾患の診療ガイドライン改定、診療の質を高めるための研究」
研究代表者岐阜大学大学院教授深尾敏幸
<診断基準>
Definite、Probableを対象とする。
 
芳香族L-アミノ酸脱炭酸酵素欠損症の診断基準
 
A.症状
1.新生児期より哺乳障害、低体温、低血糖などの異常を認める。
2.乳児期早期からの間歇的な眼球回転発作など眼球運動異常と四肢ジストニアで発症する。
3.認知機能発達遅滞が認められる。
 
B.検査所見
1.L-DOPA及び5-ヒドロキシトリプトファン(5-HTP)とその代謝産物である3-O-メチルドーパ(3-OMD)の髄液中濃度が上昇し、ホモバニリン酸(HVA)、5-ヒドロキシインドール酢酸(5-HIAA)は著減(正常下限以下、表1参照)している。
2.血漿のAADC活性は、極めて低値である。
 
C.鑑別診断
以下の疾患を鑑別する。
BH4欠損症、瀬川病、若年性パーキンソン病、セピアプテリン還元酵素(SR)欠損症、GLUT1欠損症
 
D.遺伝学的検査
AADC遺伝子と考えられているDDCの遺伝子解析を行い両方のアレルに病因となる変異が同定されること。
 
<診断のカテゴリー>
Definite:Aのうち1項目以上+Bのうち1項目以上を満たし、Cの鑑別すべき疾患を除外し、Dを満たすもの
Probable:Aのうち1項目以上+Bのうち1項目以上を満たし、Cの鑑別すべき疾患を除外したもの
Possible:Aのうち1項目以上+Bのうち1項目以上
 
<添付資料>
表1.髄液中5-HIAAとHVAの正常範囲

Age

HVA

5-HIAA

HVA

5-HIAA

nmol/L

nmol/L

ng/mL

ng/mL

<6mo

310~1100

150~800

59.3~210.3

27.5~146.5

6mo~1yr

295~932

114~336

56.4~178.2

20.9~61.5

2~4yr

211~871

105~299

40.3~166.5

19.2~54.8

5~10 yr

144~801

88~178

27.3~153.1

16.1~32.6

11~16 yr

133~551

74~163

25.4~105.3

13.6~29.9

>16 yr

115~488

66~141

22.0~93.3

12.1~25.8

 
 
<重症度分類>
先天性代謝異常症の重症度評価(日本先天代謝異常学会)を用いて中等症以上を対象とする。
 

   

点数

I

薬物などの治療状況(以下の中からいずれか1つを選択する)

a

治療を要しない

b

対症療法のために何らかの薬物を用いた治療を継続している

c

疾患特異的な薬物治療が中断できない

d

急性発作時に呼吸管理、血液浄化を必要とする

II

食事栄養治療の状況(以下の中からいずれか1つを選択する)

a

食事制限など特に必要がない

b

軽度の食事制限あるいは一時的な食事制限が必要である

c

特殊ミルクを継続して使用するなどの中程度の食事療法が必要である

d

特殊ミルクを継続して使用するなどの疾患特異的な負荷の強い(厳格な)食事療法の継続が必要である

e

経管栄養が必要である

III

酵素欠損などの代謝障害に直接関連した検査(画像を含む)の所見(以下の中からいずれか1つを選択する)

a

特に異常を認めない

b

軽度の異常値が継続している(目安として正常範囲から1.5SDの逸脱)

c

中等度以上の異常値が継続している(目安として1.5SDから2.0SDの逸脱)

d

高度の異常値が持続している(目安として2.0SD以上の逸脱)

IV

現在の精神運動発達遅滞、神経症状、筋力低下についての評価(以下の中からいずれか1つを選択する)

a

異常を認めない

b

軽度の障害を認める(目安として、IQ70未満や補助具などを用いた自立歩行が可能な程度の障害)

c

中程度の障害を認める(目安として、IQ50未満や自立歩行が不可能な程度の障害)

d

高度の障害を認める(目安として、IQ35未満やほぼ寝たきりの状態)

V

現在の臓器障害に関する評価(以下の中からいずれか1つを選択する)

a

肝臓、腎臓、心臓などに機能障害がない

b

肝臓、腎臓、心臓などに軽度機能障害がある
(目安として、それぞれの臓器異常による検査異常を認めるもの)

c

肝臓、腎臓、心臓などに中等度機能障害がある
 (目安として、それぞれの臓器異常による症状を認めるもの)

d

肝臓、腎臓、心臓などに重度機能障害がある、あるいは移植医療が必要である
(目安として、それぞれの臓器の機能不全を認めるもの)

VI

生活の自立・介助などの状況(以下の中からいずれか1つを選択する)

a

自立した生活が可能

b

何らかの介助が必要

c

日常生活の多くで介助が必要

d

生命維持医療が必要

総合評価

 

ⅠからⅥまでの各評価及び総点数をもとに最終評価を決定する。

 

(1)4点の項目が1つでもある場合

重症

 

(2)2点以上の項目があり、かつ加点した総点数が6点以上の場合

重症

 

(3)加点した総点数が3~6点の場合

中等症

 

(4)加点した総点数が0~2点の場合

軽症

注意

1

診断と治療についてはガイドラインを参考とすること

 

2

疾患特異的な薬物治療はガイドラインに準拠したものとする

 

3

疾患特異的な食事栄養治療はガイドラインに準拠したものとする

 

 
 
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。

平成29年4月1日

情報提供者
研究班名 新生児スクリーニング対象疾患等の先天代謝異常症の成人期にいたる診療体制構築と提供に関する研究班
研究班名簿 研究班ホームページ
情報更新日 令和3年9月(名簿更新:令和5年6月)