肺動脈性肺高血圧症(指定難病86)

はいどうみゃくせいはいこうけつあつしょう
 

(概要、臨床調査個人票の一覧は、こちらにあります。)

○ 概要
 
1.概要
旧来の典型的な(特発性肺動脈性肺高血圧症)IPAH/(遺伝性肺高血圧症)HPAHは、極めてまれな、特に原因と思われる基礎疾患を持たない高度の肺高血圧を主徴とする疾患である。男女比は1:1.7と女性に多く、発症年齢も若年で、妊娠可能年齢の若い女性に好発する。発症頻度は100万人に1~2人と稀な疾患で、治療介入を行わなかった場合、診断からの平均生存期間が2.8年と非常に予後不良であった。しかし、最近の検討では小児期にも好発年齢帯が存在し、この時期の発症例では性差はないことも知られてきた。本症はこれまで治療法が皆無であったが、1990年以降に次々と治療薬が開発され、現時点では作用機序の異なる3種類の治療薬が存在し、これらの単剤または組み合わせにより生命予後は改善してきた。しかし、薬剤抵抗性の例では、適切な時期に肺移植を考慮する必要がある。
 
2.原因
HPAHの発症原因として遺伝子異常の存在が確認されている。これまでの報告ではHPAHの約70% に、家族歴の確認されていないIPAHと診断された例でも約20%にBMPR2遺伝子の変異の存在が確認されている。また、他にもACVRL1遺伝子等の変異が報告がされつつある。しかし、遺伝子変異のない例における発症原因は未解決である。IPAHの発症原因は、現在も不明である。
 
3.症状
肺高血圧症の自覚症状としては、労作時呼吸困難、息切れ、易疲労感、動悸、胸痛、失神、咳嗽、腹部膨満感などがみられる。いずれも軽度の肺高血圧では出現しにくく、症状が出現したときには、既に高度の肺高血圧が認められることが多い。また、高度肺高血圧症には労作時の突然死の危険性がある。さらに、進行例では、頸静脈怒張、肝腫大、下腿浮腫、腹水などがみられる。その他、肺高血圧症の原因となる基礎疾患に伴う様々な身体所見がみられる。
 
4.治療法
IPAH/HPAHに対する内科的治療法は近年飛躍的に発展した。現在我が国ではプロスタサイクリン経路に属するプロスタサイクリンとその誘導体、エンドセリン経路に属するエンドセリン受容体拮抗薬(ERA)、及び一酸化窒素(NO)経路に属するホスホジエステラーゼ5阻害薬(PDE5-I)のそれぞれ異なった3系統の特異的PAH治療薬が存在する。
 
5.予後
IPAH/HPAHの自然歴は極めて不良で、旧来の報告では、発症後の平均生存期間は成人例未治療の場合 2.8年で、死因は突然死、右心不全、喀血が多いとされていた。小児の未治療IPAH/HPAHの予後は、成人に比較してさらに不良で、平均生存期間が10か月であると報告されている。我が国ではIPAH/HPAHの自然予後に関する全国規模でのデータは存在しない。単施設の結果ではあるが、治療薬が存在しなかった時期の自験例の調査の結果では、1年生存率、3年生存率、5年生存率が各々67.9%、40.2%、38.1%であり、海外例との間に予後に大きな差異は認めらなかった。近年の欧米における大規模症例登録の解析結果では、本症の予後は改善してきている。これは、最近の特異的PAH治療薬の開発に負うところが大きいと考えられる。
 
○ 要件の判定に必要な事項
1.患者数(令和元年度医療受給者証保持者数)
3,934人
2.発病の機構
不明(遺伝子異常が示唆されている。)
3.効果的な治療方法
未確立
4.長期の療養
必要(進行性)
5.診断基準
あり(現行の特定疾患治療研究事業の診断基準を研究班にて改訂)
6.重症度分類
NYHA心機能分類と、WHO肺高血圧機能分類をもとに作成した研究班の重症度分類を用いて、
新規申請時はStage 3以上を対象とする。
更新時はStage 3以上、NYHAII度以上又は肺血管拡張薬を使用している場合を対象とする。
 
 
○ 情報提供元
呼吸器系疾患調査研究班(呼吸不全)「難治性呼吸器疾患・肺高血圧症に関する調査研究」
研究代表者 千葉大学大学院医学研究院 呼吸器内科学 教授 巽浩一郎
 
 
 
<診断基準>
肺動脈性肺高血圧症の診断には、右心カテーテル検査による肺動脈性の肺高血圧の診断とともに、臨床分類における鑑別診断及び他の肺高血圧を来す疾患の除外診断が必要である。
 
(1)検査所見
①右心カテーテル検査で (a) (b)を共に満たす
(a) 肺動脈圧の上昇(安静時肺動脈平均圧で25mmHg以上、かつ肺血管抵抗で3 Wood unit、
240dyne・sec・cm-5以上)
(b) 肺動脈楔入圧(左心房圧)は正常(15mmHg以下)
②肺血流シンチグラムにて区域性血流欠損なし(特発性又は遺伝性肺動脈性肺高血圧症では正常又は斑状の血流欠損像を呈する。)。
 
(2)参考とすべき検査所見
①心エコー検査にて、三尖弁収縮期圧較差40mmHg以上で、推定肺動脈圧の著明な上昇を認め、右室拡大所見を認めること。
②胸部X線像で肺動脈本幹部の拡大、末梢肺血管陰影の狭小化
③心電図で右室肥大所見
④遺伝性肺動脈性肺高血圧症(HPAH)ではBMPR2を含む発症原因遺伝子異常の検査および遺伝カウンセリングを考慮
 
(3)主要症状及び臨床所見
①労作時の息切れ
②易疲労感
③失神
④肺高血圧症の存在を示唆する聴診所見(II音の肺動脈成分の亢進など)
 
(4)肺動脈性肺高血圧症の臨床分類
以下のいずれかについて鑑別すること。
①特発性又は遺伝性肺動脈性肺高血圧症
②膠原病に伴う肺動脈性肺高血圧症
③先天性シャント性心疾患に伴う肺動脈性肺高血圧症
④門脈圧亢進症に伴う肺動脈性肺高血圧症
⑤HIV感染に伴う肺動脈性肺高血圧症
⑥薬剤誘発性の肺動脈性肺高血圧症
⑦呼吸器疾患に合併した肺動脈性肺高血圧症
ただし、先天性シャント性心疾患に伴う肺動脈性肺高血圧症の場合は、手術不能症例及びび手術施行後も肺動脈性肺高血圧症が残存する場合を対象とする。その際は、心臓カテーテル検査所見、心エコー検査所見、胸部X線・胸部CTなどの画像所見、などの検査所見を添付すること。
 
 
(5)下記の肺高血圧を来す疾患を除外できること。
以下の疾患は肺動脈性肺高血圧症とは病態が異なるが、肺高血圧ひいては右室肥大を招来しうるので、これらを除外する。
①左心系疾患による肺高血圧症
②呼吸器疾患及び/又は低酸素血症による肺高血圧症
③慢性血栓塞栓性肺高血圧症
④肺静脈閉塞症/肺毛細血管症
⑤その他の肺高血圧症
サルコイドーシス、ランゲルハンス細胞組織球症、リンパ脈管筋腫症、大動脈炎症候群、肺血管の先天性異常、肺動脈原発肉腫、肺血管の外圧迫などによる二次的肺高血圧症但し、呼吸器疾患及び/又は低酸素血症による肺高血圧症では、呼吸器疾患及び/又は低酸素血症のみでは説明のできない高度の肺高血圧が存在する症例がある。 この場合には肺動脈性肺高血圧症の合併と診断して良い。 その際には、心臓カテーテル検査所見、胸部X線、胸部CTなどの画像所見、呼吸機能検査所見などの検査所見を添付すること。
 
(6) 認定基準
以下の項目を全て満たすこと
1) 診断のための検査所見の右心カテーテル検査所見及び肺血流シンチグラム所見を満たすこと。
2) 除外すべき疾患の全てを除外できること。
3) 肺動脈性肺高血圧症の臨床分類①~⑦のいずれかに該当すること。

 
 
<重症度分類>
Stage3以上を対象とする。

肺高血圧機能分類

NYHA 心機能分類
I度:通常の身体活動では無症状
II度:通常の身体活動で症状発現、身体活動がやや制限される。
III度:通常以下の身体活動で症状発現、身体活動が著しく制限される。
IV度:どんな身体活動あるいは安静時でも症状発現
 
WHO 肺高血圧症機能分類(WHO-FC)
I度:身体活動に制限のない肺高血圧症患者
普通の身体活動では呼吸困難や疲労、胸痛や失神などを生じない。
II 度:身体活動に軽度の制限のある肺高血圧症患者
安静時には自覚症状がない。普通の身体活動で呼吸困難や疲労、胸痛や失神などが起こる。
III度:身体活動に著しい制限のある肺高血圧症患者
安静時に自覚症状がない。普通以下の軽度の身体活動で呼吸困難や疲労、胸痛や失神などが起こ
る。
IV度:どんな身体活動も全て苦痛となる肺高血圧症患者
これらの患者は右心不全の症状を表している。
安静時にも呼吸困難及び/又は疲労がみられる。
どんな身体活動でも自覚症状の増悪がある。

 
 

(新規申請時)


 

新規
申請時

自覚症状

平均肺動脈圧(mPAP)

心係数(CI)

肺血管拡張薬使用

Stage1

WHO-FC/NYHA I~II

40>mPAP ≥ 25 mmHg

 

使用なし

Stage2

WHO-FC/NYHA I~II

mPAP ≥ 40 mmHg

 

使用なし

Stage3

WHO-FC/NYHA I~II

mPAP ≥ 25 mmHg

 

使用あり

WHO-FC/NYHA III~IV

mPAP ≥ 25 mmHg

CI ≥ 2.5 L/min/m2

使用の有無に係らず

Stage4

WHO-FC/NYHA III~IV

mPAP ≥ 25 mmHg

CI<2.5 L/min/m2

使用の有無に係らず

Stage5

WHO-FC/NYHA IV

mPAP ≥ 40 mmHg

 

使用の有無に係らず

 

 

 

PGI2持続静注・皮下注継続使用が必要な場合は自覚症状の程度、mPAPの値に関係なくStage5

 
自覚症状、mPAP、CI、肺血管拡張薬使用の項目全てを満たす最も高いStageを選択
 
 
(更新時)
 
 

更新時

自覚症状

心エコー検査での三尖弁収縮期圧較差(TRPG)

肺血管拡張薬使用

Stage1

WHO-FC/NYHA I, II

TRPG < 40 mmHg
または、有意なTRなし

使用なし

Stage2

WHO-FC/NYHA I, II

TRPG ≥ 40 mmHg

使用なし

WHO-FC/NYHA I

TRPG < 40 mmHg
または、有意なTRなし

使用あり

Stage3

WHO-FC/NYHA I~II

TRPG ≥ 40 mmHg

使用あり

WHO-FC/NYHA III

TRPG ≥ 40 mmHg

使用なし

WHO-FC/NYHA II, III

TRPG <40 mmHg

使用あり

Stage4

WHO-FC/NYHA II, III

TRPG ≥ 60 mmHg

使用の有無に係らず

WHO-FC/NYHA IV

TRPG <60mmHg

使用の有無に係らず

Stage5

WHO-FC/NYHA IV

TRPG ≥ 60 mmHg

使用の有無に係らず
PGI2持続静注・皮下注継続使用が必要な場合はWHO-FC分類、mPAPの値に関係なくStage5

 
自覚症状、TRPG、肺血管拡張薬使用の項目全てを満たす最も高いStageを選択。
 
更新時はStage3以上又はNYHAII度以上または肺血管拡張薬を使用している場合を対象とする。
 
(参考)
・      Stage3以上では少なくとも2年に一度の心臓カテーテルによる評価が望ましい。しかし、小児、高齢者、併存症の多い患者など、病態により心臓カテーテル施行リスクが高い場合は心エコーでの評価も可とする。
・      正確ではないが、TRPGの40mmHgは、mPAPの25mmHgに匹敵する。TRPGの60mmHgは、mPAPの40mmHgに匹敵する。
 
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。

令和6年4月1日

情報提供者
研究班名 難治性呼吸器疾患・肺高血圧症に関する調査研究班
研究班名簿 研究班ホームページ
情報更新日 令和6年4月(名簿更新:令和5年6月)