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甲状腺ホルモン不応症

こうじょうせんほるもんふおうしょう

■概念・定義

甲状腺ホルモン不応症(Syndrome of Resistance to Thyroid Hormone, 以下RTH)は、甲状腺ホルモンに対する標的臓器の反応性が減弱している症候群として1967年、Refetoffらによって初めて報告された。このことから、今でも日本では本症を“レフェトフ症候群”と呼ぶことが多い。本症の臨床的特徴は、FT4及びFT3が高値にもかかわらず、甲状腺刺激ホルモン(TSH)分泌が抑制されていない、即ち血中TSHが正常または高値となる、いわゆる不適切TSH分泌症候群(SITSH)の像を示すことである。したがって、本症を見出す契機となるのは、多くの場合SITSHを示す患者に遭遇した場合である。次の「病因」の項で述べるように、RTH家系の約85%にβ型甲状腺ホルモン受容体(TRβ)遺伝子に変異が認められる。したがって、本症の定義を「TRβ遺伝子の変異により甲状腺ホルモンに対する反応性が減弱している疾患」としたいところであるが、残り約15%の家系の病因はいまだに分かっていない。そこで、日本甲状腺学会「甲状腺ホルモン不応症の診断基準作成委員会」では本症を「T3作用機構上の何らかの異常により組織の甲状腺ホルモンに対する反応性が減弱し、SITSHを示す症候群」と定義した。

■疫学

本症の正確な頻度はまだ明らかではない。その主な理由として、先天性甲状腺機能低下症に対する新生児スクリーニングとしてTSHを指標にしている国が多いことが挙げられる。本症は、FT4及びFT3が高値にもかかわらず、血中TSHが正常または高値となるSITSHを示すことが特徴であり、血中TSHは必ずしも異常とはならないからである。ただし、米国オレゴン州という限定された地域で80,884人の新生児を対象とした調査では2例がRTHと診断されている。日本でも北海道でFT4とTSHを指標としたスクリーニングが米国オレゴン州とほぼ同じ83,232人の新生児を対象に行われ、その結果、同じく2例のRTH患者が見出されている。このことから、本症の罹患率は約40,000人に1人と予測される。もし、この数字をそのまま当てはめると日本には約3,000人のRTH患者が存在することになるが、2009年に前述の「甲状腺ホルモン不応症の診断基準作成委員会」が過去にTRβ変異に基づくRTHの診断または報告をしている研究者・施設にアンケート調査をしたところ、71家系98人において47種類のTRβ遺伝子変異が見つかっているに過ぎない。したがって、日本にはいまだ多くのRTH症例が診断されないままになっていると想定される。

■病因

本症の病因は、当初から甲状腺ホルモン受容体(TR)の異常ではないかと考えられてきたが、実際にこれが証明されたのは1988年、SakuraiらによりRTH患者においてβ型甲状腺ホルモン受容体(TRβ)遺伝子に変異が同定されたことによる。その後、本症例におけるTRβ遺伝子変異が次々と同定され、さらに、RTH症例で同定された遺伝子変異を導入したTRβ遺伝子改変マウス(ノックインマウス)においても本症の主な特徴であるTSHの抑制を伴わない血中T4, T3の高値が再現されたことから、RTHの多くはTRβ遺伝子変異によるTRβの異常が病因であるとされている。一方、TRをコードするもう一つの遺伝子であるTRαに異常を有するRTH症例はいまだに1例も見つかっていない。この理由として、TRαのノックアウトマウスや変異導入マウスでは、RTHに特徴的な甲状腺機能異常は認められないことから、TRαの異常はRTHの原因とはなり得ないというのが現在までの定説になっている。本症で同定された変異はTRβのT3結合領域にある3つの領域に集中しており、立体構造上T3が結合するポケットの近傍に存在するものが多い。このような変異受容体はT3結合能や標的遺伝子の転写調節能が低下あるいは欠失している。また、本症は、例外的な1家系(TRβ遺伝子の大部分を含む領域が欠失している家系)を除いてすべて常染色体性優性遺伝形式をとり、ほとんどの患者はヘテロ接合体である。これは、正常TRの機能を変異TRβが阻害する現象(変異受容体のドミナントネガティブ作用)によるとされている。なお、前の項で述べたように、RTHのおよそ1割の家系ではTRβ遺伝子に異常は認めず、その病因はいまだ不明のままである。ただし、このTRβの変異を伴わないRTHは、TRβ変異による症例と臨床症状や検査所見も全く区別が付かず、しかも常染色体優性遺伝するので、TRβ作用に関連する何らかの因子の遺伝子異常ではないかと推測はされている。

■診断

RTHの診断基準として確立されたものはない。現在、日本甲状腺学会では臨床重要課題として「甲状腺ホルモン不応症の診断基準作成」を取り上げ、委員会を立ち上げて議論を重ねている。また、厚生労働省難治性疾患克服研究班のひとつである「ホルモン受容機構異常に関する調査研究班」も本症の診断基準作成を目的とした調査研究を行っている。これまでのところ、本症を「T3作用機構上の何らかの異常により組織の甲状腺ホルモンに対する反応性が減弱し、SITSHを示す症候群」と定義したように、診断の糸口となるのはSITSHであることには異論がない。そこで、SITSHを呈する症例に遭遇した時にどのような手順で鑑別を進めて行くか、そのアルゴリズムを提案し、それを検証して行くことが求められている。
RTHと鑑別すべき最も重要な疾患は下垂体TSH産生腫瘍である。ただし、その鑑別は容易ではなく、MRIやTRHテストなどが鑑別に役立つ症例もあるが、これらの検査結果で両者が鑑別できることはそれ程多くない。そこで重要になるのがTRβ遺伝子の検索である。なぜなら、TRβ遺伝子変異が同定できれば、RTH診断の根拠となるからである。問題は、SITSHを呈する症例に遭遇した時、どの時点でTRβの遺伝子解析を依頼・実施するかである。この点に関し、前述の委員会で議論しているところではあるが、もし、家系内に患者に類似した甲状機能異常を有する者がいれば、その時点で遺伝子解析を依頼・実施することには異論がない。したがって、SITSHに遭遇した時、最初に行わなければならないのは家族歴の聴取である。では、「家族歴が無い場合にはどのように対処すれば良いか?」である。この場合、まず確認する必要があるのが、真のSITSHであるか否かの鑑別である。血中TSHはFT4, FT3の変動に比べ動きが遅いため、破壊性甲状腺炎などでFT4, FT3が急速に上昇した場合には一過性にSITSHを呈する症例もある。したがって、少なくともある程度の間隔をおいて複数回甲状腺機能検査を行う必要がある。また、薬剤の影響によりSITSH様の甲状腺機能検査結果が得られる場合もあるので、甲状腺機能検査に影響を及ぼすような薬剤を服用していないことを確認する必要もある。これによって、真のSITSHと確認できた時、一般的にはMRIやTRHテストを施行する場合がこれまでは多かったが、この時点でTRβ遺伝子検索を依頼・実施することも考慮すべきである。もし、TRβに変異が見付かれば、RTHと診断でき、これ以降鑑別に必要な検査を省略することができるからである。むしろ、一番問題となるのはTRβに変異が認められなかった場合である。このような時に行われてきたのがT3に対する反応性をみるT3抑制試験である。しかし、Refetoffらが薦めるようなプロトコールによるT3抑制試験を実施するのは我が国では容易ではなく、むしろ非現実的である。そこで簡略化した試験が行われてきたが、逆にこのような試験から得られた結果は、余り鑑別に役に立たない。現在、委員会では、T3抑制試験の適応も含め、プロトコールに関しても議論しているところである。現在のところ、TRβに変異はなく、MRIやTRHテストでもTSH産生腫瘍を積極的に疑う所見が得られなかった症例は、両者の可能性を考慮しながら経過を観察するのがベストではないかと考えられる。なお、TSHβ遺伝子解析の依頼に関しては当ホームページの「FAQよくある質問」の項を参照して頂きたい。

■治療

RTHの多くの症例では、甲状腺ホルモンに対する標的臓器の反応性の低下をFT4およびFT3が上昇することで代償されており、この場合治療を必要としない。逆に、FT4やFT3が高いという理由で甲状腺機能亢進症に対する治療を行わないことが大切とも言える。一方、末梢組織でのT3に対する反応性の低下が下垂体ほど強くない、いわゆる下垂体型不応症では、血中甲状腺ホルモン濃度上昇による、頻脈や落ち着きのなさなど甲状腺中毒症の症状を呈する。これらの症状に対し、β遮断薬(アテノロールを使用することが一般的)による対症療法が有効であることが多いとされているが、この効果が充分でない場合は治療に難渋する。まず、抗甲状腺剤や甲状腺部分摘出術といった甲状腺機能亢進症に対する治療法が考えられるが、これを施行した場合、TSH分泌が促進され、甲状腺腫増大や下垂体のTSH産生細胞の過形成を招く結果となり、推奨できない。このため、別の方法でTSH分泌を抑えることが必要となる。これまで、ドーパミン作働薬のブロモクリプチンやカベルゴリン、あるいはソマトスタチン誘導体の投与が試みられてきたが、副作用や効果の持続性などの問題があり、一般的治療法としては確立されていない。また、T3誘導体であり、血中半減期が非常に短いTriacがTSH分泌抑制のため使用されたが、その効果は限定的であり、しかも日本や米国では入手困難である。RTH症例のほとんどは甲状腺腫(Goiter)を呈する。その多くは臨床的には問題にならないものの、著明なGoiterが問題となる症例もある。この場合、前述のTSH分泌を抑制する薬剤が有効となる可能性はあるが、実際には、先程述べたような理由で効果は限定的である。そこでAnselmoとRefetoffは過量の合成T3製剤(LT3, チロナミン)を隔日1回投与することでTSHの分泌を抑え、Goiterの縮小を試みた。その結果、LT3の1回投与量を250μgまで増量するとTSHの分泌がほぼ完全に抑制され、著明なGoiterの縮小が認められたと報告している。ただ、チロナミン10錠という大量を1回投与ということになり、日本ではまだ報告例がない。この他、TSH受容体拮抗薬によるTSH作用の抑制が可能になれば、下垂体型不応症に有効である可能性が高く、その開発が望まれるところである。
一方、小児や思春期前の若年RTH患者に合成T4製剤(チラーヂンS,レボチロキシンNa)を投与すべきか否かも重要で、難しい問題である。この点でWeissらは、治療に踏み切る指標として1)TSHが異常高値を示す 2)精神発達遅延などが家系に存在する 3)なんらかの成長・発達障害が認められる場合を挙げている。
最近、RTHに橋本病やバセドウ病と合併している症例報告が見られるようになった。事実、RTHの男性例ではこのような甲状腺自己免疫疾患の合併率が一般男性より高いとの報告もある。RTHに橋本病による甲状腺機能低下症やバセドウ病が合併した場合、血中甲状腺ホルモンレベルをどの程度に維持したら良いかは難しい問題である。一般的にはFT4やFT3は正常上限を越えるレベルに、そしてTSHを正常範囲内に保つことになるが、臨床症状を注意深く観察することが必要であることは言うまでもない。いずれにしても、RTH症例に於いては、甲状腺機能検査の解釈が一般の症例とは大きく異なる。したがって、甲状腺機能低下症や亢進症を診療する際に、FT4とTSHの解離がある症例ではRTH合併の可能性があることを臨床医が認識していることがとても重要なことになる。

ホルモン受容機構異常に関する調査研究班から


甲状腺ホルモン不応症 研究成果(pdf 33KB)

この疾患に関する調査研究の進捗状況につき、主任研究者よりご回答いただいたものを掲載いたします。
情報提供者
研究班名 内分泌系疾患調査研究班(ホルモン受容機構異常)
情報更新日平成23年10月7日