多発血管炎性肉芽腫症(指定難病44)

たはつけっかんえんせいにくげしゅしょう
 

(概要、臨床調査個人票の一覧は、こちらにあります。)

○ 概要
 
1.概要
多発血管炎性肉芽腫症は、以前はウェゲナー肉芽腫症と称されていた疾患で、病理組織学的に(1)全身の壊死性肉芽腫性血管炎、(2)上気道と肺を主とする壊死性肉芽腫性炎、(3)半月体形成腎炎を呈し、その発症機序に抗好中球細胞質抗体(antineutrophil cytoplasmic antibody:ANCA))が関与する血管炎症候群である。以前は生命予後の極めて悪い疾患であったが、発症早期からの免疫抑制療法により治療成績が向上し、生命予後が改善した。早期確定診断にANCAの測定は極めて有用である。多発血管炎性肉芽腫症で認められるANCAのサブタイプは、欧米では、ほとんどがプロテイネース3に対する抗体(PR3-ANCA)であるが、わが国ではミエロペルオキシダーゼに対する抗体(MPO-ANCA)が約半数を占める。
 
2.原因
上気道の細菌感染をきっかけに発症することや、細菌感染により再発がみられることが多いので、スーパー抗原の関与も推定されるが、真の原因は不明である。
ヨーロッパ系集団においてHLA-DPB1*04との関連が報告されているが、我が国では特定のHLA抗原との関連は見出されていない。最近、PR3-ANCAが、発症要因のひとつとして注目されている。PR3-ANCAと炎症性サイトカインの存在下に好中球が活性化され、血管壁に固着した好中球より活性酸素や蛋白分解酵素が放出されて血管炎や肉芽腫性炎症を起こすと考えられている。
 
3.症状
発熱、体重減少などの全身症状とともに、(1)上気道の症状:膿性鼻漏、鼻出血、鞍鼻、中耳炎、視力低下、咽喉頭潰瘍など、(2)肺症状:血痰、呼吸困難など、(3)急速進行性腎炎、(4)その他:紫斑、多発関節痛、多発性単神経炎などが出現する。
症状は通常(1)→(2)→(3)の順序で起こるとされており、(1)、(2)、(3)の全ての症状が揃っているときは全身型、いずれか二つの症状のみのときは限局型という。
 
4.治療法
(1) 治療の目標は寛解の導入と維持である。診断、臓器障害・疾患活動性の評価に続いて寛解導入治療を行う。寛解達成後は、寛解維持治療を行う。(注1)
(2) 寛解導入治療では、副腎皮質ステロイド+シクロホスファミドを用いる(静注シクロホスファミドパルスが経口シクロホスファミドよりも優先される)。また、本疾患の治療に対して十分な知識・経験をもつ医師のもとで、リツキシマブの使用が適切と判断される症例においては、副腎皮質ステロイド+シクロホスファミドの代替として副腎皮質ステロイド+リツキシマブを用いても良い。シクロホスファミド、リツキシマブともに使用できない場合で、重症臓器病変がなく腎機能障害が軽微な症例では副腎皮質ステロイド+メトトレキサート*、それ以外の症例では副腎皮質ステロイド+ミコフェノール酸モフェチル*を用いる。
(3) 重症な腎障害を伴う症例の寛解導入治療では、副腎皮質ステロイド+シクロホスファミドに加え血漿交換を併用する。
(4) (2)において副作用リスクが高いと考えられる場合、限局型で重症臓器合併症がない場合、などでは、副腎皮質ステロイド単独で治療することがある。また、(3)において副作用リスクが高いと考えられる場合は、シクロホスファミドを併用せず副腎皮質ステロイド+血漿交換で治療することがある。
(5) 寛解維持治療では、副腎皮質ステロイドに加えアザチオプリンを併用する。寛解維持治療に用いる他の薬剤として、リツキシマブ、メトトレキサート*、ミコフェノール酸モフェチル*が選択肢となりうる。
(6) 再燃した場合、臓器障害・病態を評価したうえで、再度寛解導入治療を行う。
(7) 細菌感染症・日和見感染症対策を十分に行う。
*2021年現在保険適用外であることに留意する。
注1:治療内容を検討する際には、最新の診療ガイドラインを参考にすること。
 
 
5.予後
我が国のコホート研究に登録された新規患者33名の6か月後の寛解導入率は97%であった。一般に、副腎皮質ステロイドの副作用軽減のためには速やかな減量が必要である一方、減量速度が速すぎると再燃の頻度が高くなる。疾患活動性の指標として臨床症状、尿所見、PR3-ANCA及びCRPなどが参考となる。
進行例では免疫抑制療法の効果が乏しく、腎不全により血液透析導入となる場合や、慢性呼吸不全に陥る場合がある。死因は敗血症や肺感染症が多い。また、全身症状の寛解後に著明な鞍鼻や視力障害を後遺症として残す例もある。
 
○ 要件の判定に必要な事項
1.患者数(令和元年度医療受給者証保持者数)
2,879人
2.発病の機構
不明
3.効果的な治療方法
未確立(根治療法なし。)
4.長期の療養
必要(再燃と寛解を繰り返し、慢性の経過をとる。)
5.診断基準
あり
6.重症度分類
多発血管炎性肉芽腫の重症度分類を用いて、1)又は2)の該当例を対象とする。
 
○ 情報提供元
難治性疾患等政策研究事業「難治性血管炎の医療水準・患者QOL向上に資する研究班」
研究代表者 東京女子医科大学医学部内科学講座膠原病リウマチ内科学分野 針谷 正祥
 
 
 
<診断基準>
Definite、Probableを対象とする。
 
1.主要症状
(1)上気道(E)の症状
E:鼻(膿性鼻漏、出血、鞍鼻)、眼(眼痛、視力低下、眼球突出)、耳(中耳炎)、口腔・咽頭痛(潰瘍、嗄声、気道閉塞)
(2)肺(L)の症状
L:血痰、咳嗽、呼吸困難
(3)腎(K)の症状
血尿、蛋白尿、急速に進行する腎不全、浮腫、高血圧
(4)血管炎による症状
①全身症状:発熱(38℃以上、2週間以上)、体重減少(6か月以内に6㎏以上)
②臓器症状:紫斑、多関節炎(痛)、上強膜炎、多発性単神経炎、虚血性心疾患(狭心症・心筋梗塞)、消化
管出血(吐血・下血)、胸膜炎
 
2.主要組織所見
①E、L、Kの巨細胞を伴う壊死性肉芽腫性炎
②免疫グロブリン沈着を伴わない壊死性半月体形成腎炎
③小・細動脈の壊死性肉芽腫性血管炎
 
3.主要検査所見
Proteinase 3-ANCA(PR3-ANCA)(蛍光抗体法でcytoplasmic pattern,C-ANCA)が高率に陽性を示す。
 
4.診断のカテゴリー
(1) Definite
(a)上気道(E)、肺(L)、腎(K)のそれぞれ1臓器症状を含め主要症状の3項目以上を示す例
(b)上気道(E)、肺(L)、腎(K)、血管炎による主要症状の2項目以上及び、組織所見①、②、③の1項目 以上を示す例
(c)上気道(E)、肺(L)、腎(K)、血管炎による主要症状の1項目以上と組織所見①、②、③の1項目以上  
及びC(PR-3) ANCA 陽性の例
(2)Probable
(a)上気道(E)、肺(L)、腎(K)、血管炎による主要症状のうち2項目以上の症状を示す例
(b)上気道(E)、肺(L)、腎(K)、血管炎による主要症状の1項目及び、組織所見①、②、③の1項目以上を示す例
(c)上気道(E)、肺(L)、腎(K)、血管炎による主要症状のいずれか1項目とC(PR-3)ANCA 陽性を示す例
 
 
5.参考となる検査所見
①白血球、CRPの上昇
②BUN、血清クレアチニンの上昇
 
6.鑑別診断
①E、Lの他の原因による肉芽腫性疾患(サルコイドーシスなど)
②他の血管炎症候群 (顕微鏡的多発血管炎、好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(チャーグ・ストラウス症候群)、結節性多発動脈炎、抗糸球体基底膜腎炎(グッドパスチャー症候群)など)
 
7.参考事項
①    上気道(E)、肺(L)、腎(K)の全てが揃っている例は全身型、上気道(E)、下気道(L)のうち単数又は2つの臓器にとどまる例を限局型と呼ぶ。
② 全身型はE、L、Kの順に症状が発現することが多い。
③ 発症後しばらくすると、E、Lの病変に黄色ぶどう球菌を主とする感染症を合併しやすい。
④ E、Lの肉芽腫による占拠性病変の診断にCT、MRIが有用である。
⑤ PR3- ANCAの力価は疾患活動性と平行しやすい。日本では多発血管炎性肉芽腫症の患者の半数はMPO-ANCA陽性である。
 
 
<重症度分類>
1)又は2)を認める場合を重症とする。
1)多発血管炎性肉芽腫症による以下のいずれかの臓器障害を有する。

臓器

障害の内容

腎臓

①又は②を満たす場合
①CKD重症度分類ヒートマップの赤色に該当*1
②いずれの腎機能であっても尿蛋白0.5g/日以上又は0.5g/gCr以上

特発性間質性肺炎の重症度分類でIII度以上に該当*2、又は肺胞出血、又は気道狭窄

心臓

NYHA2度以上の心不全徴候*3

良好な方の眼の矯正視力が0.3未満

両耳の聴力レベルが70デシベル以上か、又は一側耳の聴力が90デシベル以上かつ他側耳の聴力レベルが50デシベル以上の聴力障害

平衡機能の著しい障害、又は極めて著しい障害*4

腸管

腸管梗塞、消化管出血

皮膚・軟部組織

四肢の梗塞・潰瘍・壊疽、又はそれらによる四肢の欠損・切断(部位は問わない)

神経

脳血管障害により、modified Rankin Scaleで3以上*5

末梢神経障害により、徒手筋力テストで筋力3以下*6

末梢神経障害による2肢以上の知覚異常

肥厚性硬膜炎


2)血管炎の治療に伴う以下のいずれかの合併症を有し、かつ入院治療を必要とする。

・感染症
・圧迫骨折
・骨壊死
・消化性潰瘍
・糖尿病
・白内障
・緑内障
・精神症状


*1 CKD重症度分類ヒートマップ



*2 特発性間質性肺炎の重症度分類

新重症度分類

安静時動脈血酸素分圧

6分間歩行時 SpO2

I

80Torr 以上

90 %未満の場合はIIIにする

II

70Torr 以上 80Torr 未満

90 %未満の場合はIIIにする

III

60Torr 以上 70Torr 未満

90 %未満の場合はIVにする
(危険な場合は測定不要)

IV

60Torr 未満

測定不要


※上記の重症度分類でⅢ度以上を重症とする。安静時動脈血酸素分圧でⅢ度以上の条件を満たせば6分間歩行は実施しなくても良い。


*3 NYHA心機能分類

クラス

自覚症状

身体活動を制限する必要はない心疾患患者。通常の身体活動で、疲労、動悸、息切れ、狭心症状が起こらない。

身体活動を軽度ないし中等度に制限する必要のある心疾患患者。通常の身体活動で、疲労、動悸、息切れ、狭心症状が起こる。

身体活動を高度に制限する必要のある心疾患患者。安静時には何の愁訴もないが、普通以下の身体活動でも疲労、動悸、息切れ、狭心症状が起こる。

身体活動の大部分を制限せざるを得ない心疾患患者。安静時にしていても心不全症状や狭心症状が起こり、少しでも身体活動を行うと症状が増悪する。

NYHA: New York Heart Association

上記分類でII度以上を重症とする。

NYHA分類については、以下の指標を参考に判断することとする。

NYHA分類

身体活動能力
(Specific Activity Scale; SAS)

最大酸素摂取量
(peakVO2

I

6 METs以上

基準値の80%以上

II

3.5~5.9 METs

基準値の60~80%

III

2~3.4 METs

基準値の40~60%

IV

1~1.9 METs以下

施行不能あるいは
基準値の40%未満

※NYHA分類に厳密に対応するSASはないが、「室内歩行2METs、通常歩行3.5METs、ラジオ体操・ストレッチ体操4METs、速歩5~6METs、階段6~7METs」をおおよその目安として分類した。

*4 身体障害認定の平衡機能障害
ア 「平衡機能の極めて著しい障害」(3級)とは、四肢体幹に器質的異常がなく、他覚的に平衡機能障害を認め、閉眼にて起立不能、又は開眼で直線を歩行中10m以内に転倒若しくは著しくよろめいて歩行を中断せざるを得ないものをいう。
イ 「平衡機能の著しい障害」(5級)とは、閉眼で直線を歩行中10m以内に転倒又は著しくよろめいて歩行を中断せざるを得ないものをいう。
ウ 平衡機能障害の具体的な例は次のとおりである。
a 末梢迷路性平衡失調
b 後迷路性及び小脳性平衡失調
c 外傷又は薬物による平衡失調
d 中枢性平衡失調
上記分類で、「平衡機能の著しい障害」、「平衡機能の極めて著しい障害」相当の障害を重症とする。


*5 modified Rankin Scale

日本版modified Rankin Scale (mRS) 判定基準書

modified Rankin Scale

参考にすべき点

全く症候がない

自覚症状及び他覚徴候がともにない状態である

症候はあっても明らかな障害はない:
日常の勤めや活動は行える

自覚症状及び他覚徴候はあるが、発症以前から行っていた仕事や活動に制限はない状態である

軽度の障害:
発症以前の活動が全て行えるわけではないが、自分の身の回りのことは介助なしに行える

発症以前から行っていた仕事や活動に制限はあるが、日常生活は自立している状態である

中等度の障害:
何らかの介助を必要とするが、歩行は介助なしに行える

買い物や公共交通機関を利用した外出などには介助を必要とするが、通常歩行、食事、身だしなみの維持、トイレなどには介助を必要としない状態である

中等度から重度の障害:
歩行や身体的要求には介助が必要である

通常歩行、食事、身だしなみの維持、トイレなどには介助を必要とするが、持続的な介護は必要としない状態である

重度の障害:
寝たきり、失禁状態、常に介護と見守りを必要とする

常に誰かの介助を必要とする状態である

死亡

日本脳卒中学会版

上記スケールで3以上を重症とする。

*6 徒手筋力テスト

筋肉の収縮が観察できない

筋肉の収縮は観察できるが関節運動ができない

運動可能であるが重力に抗した動きはできない

重力に抗した運動が可能だが極めて弱い

3と5の中間。重力に抗した運動が可能で中等度の筋力低下

正常筋力

注:一般に5段階評価と記載されるが、実際にはMMT 0 (筋収縮なし)が加わるため6段階評価となる。
MMT 4の範疇に入るが、やや筋力が強めと判断されるものは4+と表現する。
上記スケールで3以下を重症とする。


※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。

令和6年4月1日

情報提供者
研究班名 難治性血管炎の医療水準・患者QOL向上に資する研究班
研究班名簿 研究班ホームページ
情報更新日 令和6年4月(名簿更新:令和5年6月)