腸管神経節細胞僅少症(指定難病101)

ちょうかんしんけいせつさいぼうきんしょうしょう
 

(概要、臨床調査個人票の一覧は、こちらにあります。)

1.「腸管神経節細胞僅少症」とはどのような病気ですか?

消化管は口から肛門に至るまで、食道に始まり胃、小腸や大腸等と色々な臓器が連続してできています。そして、食べた物を消化して吸収する働きをしています。小腸や大腸の蠕動運動は消化から吸収、排泄までの大切な働きをしています。実はこの運動にはすべて腸の神経節細胞(神経節にある神経細胞)が関わっているのです。
腸の神経細胞の数って、いったいどれくらいあるかご存知でしょうか?腸(大腸と小腸)の神経細胞は約1億個あり、脳の次に神経細胞の多い臓器です。
そして、この神経細胞が減った状態で生まれる病気が、腸管神経節細胞僅少症です。では、この神経細胞が減ればどんなことが問題となるでしょうか?腸の蠕動運動は腸の筋肉(平滑筋)が締まったり緩んだりして起こります。筋肉だけでは締まったり緩んだりする運動が無秩序に生じて、腸の内容が行ったり来たりしてしまいます。そこでこの動きを整然とコントロールするために神経節細胞が活躍します。例えば食べたものが腸に来ると、食べたものが来たことをまず神経細胞が感知します。神経細胞はそこより口側の腸の筋肉には締まれと命令します。


また、肛門側の腸の筋肉には緩めと命令します。そこで食べたものは肛門側にスムースに移動できます。また、食後には腸の運動は食物をかき混ぜることを中心とした運動に変化します。さらに、食後しばらくして吸収しきれなかった食べカスを小腸内に残すことなく、大腸に運び出す働きも大切です。この働きは、胃から始まって小腸全体を大腸に向かって、チューブをしごくような運動が約1時間おきに腸管全体に起きることで達成されます。このしごくような運動は、腸の内容をからっぽにして、腸内の細菌のエサとなるモノを取り除くことで、細菌が異常に増殖することを防ぐ役割を持っています。そして、この運動も腸管の神経細胞によって支配されています。つまり、神経細胞が減った状態では、調和のとれた腸管運動ができなくなり、腸内を空にできなくなると考えられます。その結果、腸内に残った食べカスを栄養として、細菌が過剰に腸内に増えてしまい重症の腸炎になります。すると、大量に増えた細菌が腸の細菌侵入を防ぐ防御バリアを越えて体の中に侵入し始めます。ついには細菌が全身にめぐり、 敗血症 になってしまいます。
そこで、腸の神経細胞が減った人では、この状況になるのを防ぐために食物を減らして腸の負担を軽くして、腸内にモノがたまらないようにする必要があります。さらに、食べ物を減らしたことによって不足した栄養を補うために、静脈から点滴で栄養を補給しなければならなくなります。一方で、機能しなくなって、腸の内容が常に停滞するようになった腸管を取り除いたり、溜まった腸内容を途中で取り除くために小腸に人工肛門を作ったりする必要が出てきます。この病気の死亡原因としては、腸がうまく動かずに停滞した腸内容に細菌が増殖することでおきる重症の腸炎やそれに続く敗血症、さらに栄養補給に必要な中心静脈栄養の合併症としておきる 重篤 な肝臓障害が代表的なものです。

2. この病気の患者さんはどのくらいいるのですか?

田口班の集計(厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業:Hirschsprung病類縁疾患の現状調査と診断基準に関するガイドライン作成)によると2001-2010年の10年間でわが国における発症数は90人で、年間発生率は10~20人ほどと推定されています。

3. この病気はどのような人に多いのですか?

新生児期から始まる重症な腸閉塞症状で発症します。田口班の集計では90人のうち、男児が34人、女児が56人であり、女児に多い傾向があります。

4. この病気の原因はわかっているのですか?

現時点ではわかっていません。

5. この病気は遺伝するのですか?

家族内発生はなく、遺伝的な変異の報告もないことから、遺伝する病気ではないとされています。

6. この病気ではどのような症状がおきますか?

新生児期(生まれてから1ヶ月以内)に腸閉塞となり、お腹がパンパンに張ります。便もほとんど出ません。そして、ミルクを受け付けず、吐いてしまいます。症状が軽い人では、ミルクを止めることで一旦は良くなりますが、ミルクを飲むと再びお腹が張って飲めなくなるという状態を繰り返します。

7. この病気にはどのような治療法がありますか?

赤ちゃんが腸閉塞状態から抜け出して、早くミルク飲めるようになるために、生まれてすぐに空腸という小腸の口側に近いところに人工肛門を作って、飲んだミルクが小腸内にたまらないようにします。このまま人工肛門の口側の腸だけを使っていると、ミルクが流れ込まなくなった人工肛門から肛門側の腸が萎縮してしまいます。これを防ぐために、善玉の腸内細菌と食物繊維に加えて栄養剤を少しずつ混ぜて肛門側の腸に注入します。この治療を続けながら腸が発達して機能が改善するのを待って次の段階の治療に進みます。しかし、まだその方法は確立しておらず、最近では下部小腸を切除してストーマを作り替えるいくつかの方法(図1)が報告されており、中長期的な管理が可能になる可能性が示されています。

8. この病気はどういう経過をたどるのですか?

生まれてすぐの腸閉塞状態を人工肛門などで改善しないと、重症の腸炎を起こして死亡します。また、人工肛門の位置が適切でないと腸閉塞が良くならなかったり、十分に腸から栄養を吸収できなかったりして、静脈栄養への依存度が高くなってしまいます。さらに、腸炎を繰り返すようになって、腸炎に関係する敗血症や中心静脈栄養カテーテル感染、静脈栄養関連肝不全を併発して死亡します。一方で、ミルクや食事が取れないことが長期化したり、人工肛門の肛門側の腸管のトレーニングをしなかったりすると、腸は萎縮して運動機能や吸収機能、さらに感染防御機能が低下し、萎縮した腸を取り除かざるをえない状況になり、時には小腸移植が必要になります。一方で、田口班の集計から67.8%が中心静脈栄養から離脱できる状態になっているように、静脈栄養からの離脱が可能な人もいます。
また、田口班の集計によると、人工肛門を造設された89人中で実際に人工肛門を閉じて生活できているのは28人(31%)に過ぎず、2人に閉鎖後に再造設が必要となったことから、人工肛門の閉鎖はハードルが高いと考えられます。

9. この病気は日常生活でどのような注意が必要ですか?

多くの人が小腸に作られた人工肛門のある状態で生活し、また、静脈栄養の補助を必要としています。ですから、人工肛門から消化吸収できずに排出される多量の便に含まれる水分の損失に対応して、点滴の量を適切に調整する必要があります。また、長期間の静脈栄養が必要になるので、静脈栄養に関連するカテーテルの閉塞や感染の問題に対処する必要があります。特に、発熱時には中心静脈カテーテル感染を常に疑って、早期に感染対策を行うことによって、静脈ルートの損失を未然に防ぐことが大切です。一方で、人工肛門の閉鎖ができた人でも、腸管の鬱滞による腸炎を起こしやすく、また、高度の便秘になる傾向があるため、食事や排便の徹底した管理が必須です。成長に伴う食事量の増加や大腸が長くなることで、浣腸で便が出にくくなることが多く、そのために虫垂を使った浣腸のための特別な手術をして、盲腸に浣腸液を注入する順行性浣腸での排便を管理することが必要になることもあります。こうした対処をせずに、便秘状態を放置しておくと、硬い便が動きの悪い大腸に詰まって腸閉塞となることがあり、注意が必要です。

10. 次の病名はこの病気の別名又はこの病気に含まれる、あるいは深く関連する病名です。 ただし、これらの病気(病名)であっても医療費助成の対象とならないこともありますので、主治医に相談してください。

該当する病名はありません。

11. この病気に関する資料・関連リンク

文献

  1. 岡本英三、豊坂昭弘Hirschsprung病類縁疾患-定義・名称・分類および診断・治療. 豊坂昭弘(編)Hirschsprung病類縁疾患 病態解明と診断・治療の研究:永井書店、大阪、pp17-25, 1996
  2. Sarna KS: Cyclic motor activity; migrating motor complex:  Gastroenterology, 89:894-913,1985.
  3. Bisset WM, Watt J, Rivers R, et al: Ontogeny of fasting small intestinal motor activity in the human infant. Gut, 29:483-488,1988.
  4. Watanabe Y, Ito T, Ando H, et al: Manometric Evaluation of Gastrointestinal Motility in Children with Chronic Intestinal Pseudo-obstruction Syndrome. J Pediatr Surg  31:233-238, 1996.
  5. Taguchi T, Masumoto K, Ieiri S, et al:  New classification of hypoganglionosis: congenital and acquired hypoganglionosis. J Pediatr Surg, 41: 2046-51, 2006.
  6. Watanabe Y, Ito F,  Ando H, et al:Morphological Investigation of Enteric Nervous System in Hirschsprung’s Disease and Hypoganglionosis Using Whole-mount Colon Preparation.  J Pediatr Surg  34:445-449, 1999.
  7. Watanabe Y, Takasu H, Sumida W:A preliminary report on the significance of excessively long segment congenital hypoganglionosis management during early infancy. J Pediatr Surg. 46:1572-7 2011.
  8. 住田 亙、渡邉芳夫、高須英見:低カリウム血症に対し、ナトリウム、マグネシウムの補給が有効であった腸管機能不全の2例. 外科と代謝・栄養47:93-98、2013
  9. Watanabe Y, Kanamori Y, Uchida K, et al. Isolated hypoganglionosis: results of a nationwide survey in Japan. Pediatr Surg Int 2013; 29: 1127-1130.
  10. Watanabe Y, Sumida W, Takasu H, et al. Early jejunostomy creation in cases of isolated hypoganglionosis: verification of our own experience based on a national survey. Surg Today 2015: 45; 1509-1512.
  11. ヒルシュスプルング病類縁疾患診療ガイドライン作成グループ編.ヒルシュスプルング病類縁疾患診療ガイドライン.メジカルビュー社,2018.

 

情報提供者
研究班名 希少難治性消化器疾患の長期的QOL向上と小児期からのシームレスな医療体制構築班
研究班名簿 
情報更新日 令和5年1月(名簿更新:令和5年6月)