甲状腺ホルモン不応症(指定難病80)

こうじょうせんほるもんふおうしょう
 

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○ 概要
 
1.概要
甲状腺ホルモン不応症(Syndrome of Resistance to Thyroid Hormone:RTH)は、甲状腺ホルモンに対する標的臓器の反応性が減弱している家族性症候群として1967年、Refetoffらによって初めて報告され、レフェトフ症候群とも言われる疾患である。RTHは、甲状腺ホルモンの甲状腺ホルモン受容体(TR)を介した作用の低下によるものとされている。TRをコードする遺伝子にはα 型TR(TRα )とTRβ の2つがあるが、RTH家系の約85%にTRβ 遺伝子変異が認めることから、RTHはTRβ の異常症と同義と考えられるようになっている。残りの約15%の家系における原因遺伝子は明らかでないが、TRβ 遺伝子変異を伴う家系と変異が認められない家系との臨床症状は全く区別がつかないことから、何らかの原因でTRβ の機能が障害され発症するものと考えられている。なお、2012年TRα 変異を伴う症例が相次いで報告されたが、その臨床症状はTRβ の機能異常症であるRTHとは大きく異なるものであった。
 
2.原因
本症の病因の解明に近づいたのは、1988年、Sakuraiらにより、RTH患者においてβ 型甲状腺ホルモン受容体(TRβ )遺伝子に変異が同定されたことによる。その後、他のRTH症例においてもTRβ 遺伝子変異が次々と同定され、さらに、TRβ 遺伝子改変マウス(ノックインマウス)においても本症の主な特徴であるTSHの抑制を伴わない血中T4、T3の高値(SITSH)が再現された。これらの知見により、RTHがTRβ の機能異常症であるという概念が確立した。また、変異TRβ は正常TRβ のみならず、正常TRα の機能も阻害するドミナントネガティブ作用を有する。このため、本症は例外的な1家系(TRβ 遺伝子の大部分を含む領域が欠失している家系)を除いて全て常染色体性顕性遺伝(優性遺伝)形式をとる。
 
3.症状
甲状腺腫と軽度の頻脈以外の症状を示さない症例が多いが、甲状腺中毒症症状が強く注意欠陥多動障害や著しい頻脈を示す患者も多い。逆に受容体異常の程度が強いと、TRα とTRβ 双方の働きを抑えてしまうため、先天性甲状腺機能低下症の症状である知能発達遅延や低身長、難聴といった障害を伴う。
 
4.治療法
RTHの多くの症例では、甲状腺ホルモンに対する標的臓器の反応性の低下は甲状腺ホルモンが高値になり代償されており、治療を必要としない。しかし、一部の患者は血中甲状腺ホルモン濃度上昇による、頻脈や落ち着きのなさなど甲状腺中毒症の症状を呈する。これらの症状に対し、β 遮断薬による対症療法が有効であることが多いが、この効果が充分でない場合は治療に難渋する。これまで、ドーパミン受容体作用薬の投与が試みられてきたが、副作用や効果の持続性などの問題があり、一般的治療法としては確立されていない。また、T3誘導体であり、血中半減期が非常に短いTriacがTSH分泌抑制のため使用されたが、その効果は限定的であり、しかも日本や米国では入手困難である。また、TSH受容体拮抗薬によるTSH作用の抑制が可能になれば、下垂体型不応症に有効である可能性が高く、その開発が望まれる。
 
5.予後
頻脈のある患者は注意が必要で、心房細動のため若年で脳梗塞を起こした病歴のある症例もある。また、ごく少数ではあるが、β 型甲状腺ホルモン受容体異常の程度が強く、生後まもなく重い甲状腺機能低下症の症状を示す症例もある。このような症例では、通常の甲状腺機能低下症の患者と違い血液中の甲状腺ホルモン濃度は上昇しているが、甲状腺ホルモン剤の投与により甲状腺機能低下による症状が緩和されるため、速やかに遺伝子診断により診断を確定する必要がある。また、患者が妊娠した場合で児が変異を持たない場合、甲状腺中毒症により低出生体重児となることがある。

○ 要件の判定に必要な事項
1.患者数(令和元年度医療受給者証保持者数)
100人未満
2.発病の機構
不明(TRβ 遺伝子の変異などが示唆されている。)
3.効果的な治療方法
未確立(根本的治療法なし。)
4.長期の療養
必要(長期に頻脈や注意欠陥多動障害を示す症例、甲状腺機能低下症の症状を示す症例がある。)
5.診断基準
あり(研究班作成診断基準あり。)
6.重症度分類
   研究班の重症度分類用いて、中等度以上を対象とする。

○ 情報提供元
「ホルモン受容機構異常に関する調査研究班」
研究代表者 大阪大学 大学院医学系研究科 教授 大薗 恵一
 
<診断基準>
Definite、Probableを対象とする。

I.主要症候
(1)明らかな臨床症状はないことが多い。
しかし、甲状腺機能亢進症あるいは低下症の症状のいずれもとり得る。
さらに同一症例にこれらの症状が混在することがある。*1
(2)軽度のびまん性甲状腺腫大や頻脈を認めることが多い。
(3)血中の甲状腺ホルモン濃度と全身の代謝状態が合致しない。*2

II.検査所見
(1) 血中遊離サイロキシン(T4)値が高値にもかかわらず血中甲状腺刺激ホルモン(TSH)は基準値内~高値を示す不適切TSH分泌症候群(SITSH)が持続する。*3*4*5
(2) 甲状腺ホルモン受容体β (TRβ )遺伝子(THRB)に変異を認める。

III.参考事項
(1)TRH試験により血中TSHは正常反応を示す。
トリヨードサイロニン(T3)を投与した際のTSHの抑制が不十分。
(2)血中α サブユニットあるいはα サブユニット/ TSHモル比の上昇を認めない。
(3)血縁者に発生する。

IV.除外項目
診断のアルゴリズムに従い、TSH産生下垂体腺腫(TSHoma)やアルブミン遺伝子異常による家族性異常アルブミン性高サイロキシン血症(FDH)との鑑別を必要とする。

[診断の基準]
Definite:IとIIの(1),(2)を満たす症例(RTHβ )。
Probable:Iの一部とIIの(1)を満たす症例(RTHβ またはnonTR-RTH *6)。

遺伝子診断について:
遺伝子診断は、文書による説明・同意に基づいて行う。また、関連学会からのガイドラインを遵守する。
TRβ 遺伝子解析の結果、変異があり以下の1-3のいずれかの条件を満たせばRTHの診断は確定する。
1.第1度近親者にSITSH症例が存在する。
2.TRβ 遺伝子変異がRTH症例において既報の変異である。
3.これまでに報告のない新規変異であるが、その変異がRTHにおいて変異が収束する3つのクラスター上に位置する。
4.(参考)以上のいずれにも該当しないが、in vitroでTRβ の機能異常が確認された変異である。

脚注
*1 かつては甲状腺機能亢進症状が強い症例を下垂体型、その他の症例を全身型と定義していた。同じTRβ 遺伝子変異でも両方の型を取りうる。
*2 甲状腺ホルモン値上昇による全身の代謝亢進を示す参考所見として、コレステロールやクレアチンキナーゼ(CK)の低下、フェリチンや性ホルモン結合グロブリン(SHBG)の上昇などがある。
*3 測定系(1ステップアッセイ法と2ステップアッセイ法)や測定時期(1か月後とさらにそれから3か月後)を変更し、真のSITSHであるかを確認する。
*4 T3はほとんどの場合高値である。
*5 SITSHではないが甲状腺ホルモンに対する感受性が低下する遺伝子異常症がある。
• 甲状腺ホルモントランスポーターである monocarboxylate transporter 8(MCT8)の異常症では、T3高値、T4低値、TSH正常〜軽度高値を示す。
• 脱ヨウ素酵素などの合成に関わる selenocysteine insertion sequence-binding protein 2(SBP2)の異常症では、T3低値、T4高値、TSH正常〜軽度高値を示す。
• TRα 異常症では、T3 およびTSH正常または軽度高値、T4正常または軽度低値を示す。
*6 疑診例にはSITSHを呈するがTRβ 遺伝子変異を認めない症例(nonTR-RTH)を含む。



<重症度基準>
診断基準の主要症候によって重症度を分類し、中等度以上を対象とする。
 
軽症:SITSH・甲状腺の軽度肥大以外の症状を示さず、日常生活に支障がない。


中等度:頻脈による動悸や易被刺激性などを示し、日常生活に支障がある。
 
重症:著しい頻脈や心房細動、注意欠陥多動障害、精神発達遅滞・成長障害など日常生活に著しい支障がある。
 
重症度に関わらず、患者が出産した場合、児に遺伝する可能性が50%であること、また、児が変異TRβ遺伝子をもたない場合、流産や低出生体重となる可能性があるなど支障があることに臨床上留意する。
 
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。
 

令和6年4月1日

情報提供者
研究班名 ホルモン受容機構異常に関する調査研究班
研究班名簿 
情報更新日 令和6年4月(名簿更新:令和5年6月)