ベーチェット病(指定難病56)

べーちぇっとびょう

(概要、臨床調査個人票の一覧は、こちらにあります。)

1.ベーチェット病とはどのような病気ですか

ベーチェット病(Behçet’s disease)は口腔粘膜のアフタ性潰瘍、外陰部潰瘍、皮膚症状、眼症状の4つの症状を主症状とする慢性再発性の全身性 炎症性疾患 です。トルコのイスタンブール大学皮膚科Hulsi Behçet教授が初めて報告し、この名がつけられました。

2.この病気の患者さんはどのくらいいるのですか

日本では北海道、東北に多く、北高南低の分布を示します。平成25年3月末現在、この疾患の特定疾患医療受給者数は19,147人で、現在も約20,000人と推計されています。世界的にみると、日本をはじめ、韓国、中国、中近東、地中海沿岸諸国に多く見られ、シルクロード病とも呼ばれています。

3.この病気はどのような人に多いのですか

従来、男性に多いといわれていましたが、最近の調査ではむしろ女性優位になっていきています。ただ、症状に関しては、男性の方が重症化しやすく、内臓病変、特に神経病変や血管病変の頻度は女性に比べ高頻度ですが、腸管病変はほとんど性差がありません。眼病変も男性に多く、特に若年発症の場合は、重症化し失明に至る例もみられます。発病年齢は男女とも20~40歳に多く、30代にピークを示します。

4.この病気の原因はわかっているのですか

病因は現在も不明です。しかし何らかの内因(遺伝素因)に外因(感染病原体やそのほかの環境因子)が加わり、白血球の機能が過剰となり、 炎症 を引き起こすと考えらえています。内因の中で一番重要視されているのは、白血球の血液型ともいえるヒトの組織適合性抗原である ヒト白血球抗原 (HLA)の中のHLA-B51というタイプで、健常者に比べ、その比率がはるかに高いことがわかっています。そのほか、日本人ではHLA-A26も多いタイプです。

最近、ベーチェット病でも他の疾患と同様に全ゲノム遺伝子解析が進められ、発症に強く影響する遺伝子、すなわち疾患感受性遺伝子が次々と明らかにされています。2010年に日本およびトルコ・米国から、HLAに加えてIL-23受容体、IL-12受容体β2鎖、IL-10、ERAP1が疾患感受性遺伝子であると報告されて以来、次々と遺伝素因が解明されてきています。そのほとんどが免疫反応や炎症に関係しており、ベーチェット病が免疫異常に基づく、炎症性疾患であることが遺伝学的に裏付けられています。こうした研究の積み重ねは病気のメカニズムの解明に役立ち、新しい治療法の開発につながる可能性があります。

一方、外因についても以前より虫歯菌を含む細菌やウイルスなどの微生物の関与が想定されてきました。ベーチェット病の遺伝素因を持った人に、これらの微生物が侵入すると異常な免疫反応が炎症を引き起こし、結果としてベーチェット病の発症に至るという考えが有力です。最近明らかにされた疾患感受性遺伝子には微生物に対する生体の初期反応に働くものも含まれており、この仮説の妥当性が検証されたと言えます。これからの研究の成果が期待されます。

5.この病気は遺伝するのですか

日本でのベーチェット病の家族内発症の頻度は正確にはわかっていませんが、さほど多くはありません。病因の項で説明しましたように、病気発症には、HLA-B51あるいはその近傍に存在する疾患関連遺伝子が重要な役割を果たしていると想定されています。1991年の厚生省ベーチェット病調査研究班の報告によりますと、ベーチェット病のB51陽性率は53.8%(男55.1%、女52.0%、完全型58.3%、不全型51.5%)で正常人の約15%の陽性率に比べると明らかに高頻度です。B51陽性の人は5-10倍ベーチェット病に罹患しやすい計算になりますが、それでも1500人に1人程度にすぎません。また、全ゲノム遺伝子解析で同定された感受性遺伝子に関しては罹患確率を1.5倍程度に高めるにすぎません。遺伝素因が重要であることは間違いありませんが、決してそれだけで発症が規定されるわけでなく、現時点では診断や発症予測に用いられるわけではありません。

環境(外因)の重要性を示す疫学的成績として次のような事象があります。ベーチェット病の多発地帯であるトルコからのドイツへの移民の発症率は、ドイツ人より高頻度ですが、トルコにずっと定住している人と比べると少なくなります。この成績は疾患発症に遺伝、環境の双方が関与していることを示しており、少なくとも単純な遺伝性疾患ととらえるべきではありません。例えば、結婚に際しても大きな問題にすべきではないでしょう。最近若年で発症するベーチェット病によく似た症状を起こすA20ハプロ不全症という遺伝性の病気が発見されました。くわしくは遺伝性自己炎症疾患(指定難病325)を参照ください。

6.この病気ではどのような症状がおきますか

ベーチェット病の主な臨床症状は以下の4症状です。

●口腔粘膜の再発性アフタ性潰瘍
口唇、頬粘膜、舌、歯肉、口蓋粘膜に円形の境界鮮明な潰瘍ができます。これはほぼ必発です(98%)。初発症状としてもっとも頻度の高い症状ですが、経過を通じて繰り返して起こることも特徴です。

●皮膚症状
下腿伸側や前腕に 結節 性紅斑様皮疹がみられます。病変部は紅くなり、皮下に硬結を触れ、痛みを伴います。座瘡様皮疹は「にきび」に似た皮疹が顔、頸、胸部などにできます。下腿などの皮膚表面に近い血管に血栓性静脈炎がみられることもあります。皮膚は過敏になり、「かみそりまけ」を起こしやすかったり、注射や採血で針を刺したあと、発赤、腫脹、小膿疱をつくったりすることがあります。これを検査に応用したのが、針反応です。しかし、最近では、その陽性率が低下しており、施行する機会も減ってきました。

●外陰部潰瘍
男性では陰嚢、陰茎、亀頭に、女性では大小陰唇、膣粘膜に有痛性の潰瘍がみられます。外見は 口腔内アフタ性潰瘍 に似ていますが、深掘れになることもあり、瘢痕を残すこともあります。

●眼症状
ベーチェット病において重要な症状の一つです。発作性に生じる眼の炎症が特徴であり、通常は両眼が侵されます。前眼部病変として虹彩毛様体炎が起こり、眼痛、充血、羞明、霧視といった症状がみられます。後眼部病変として 網膜 絡膜炎を起こると視力低下を来たします。発作がおさまれば視機能はある程度改善しますが、繰り返す発作による障害が蓄積されるとついには失明に至ることがあります。

主症状以外に以下の副症状があります。

●関節炎
膝、足首、手首、肘、肩などの大関節が侵されます。典型的には腫脹がみられます。非対称性で、変形や強直を残さず、手指などの小関節が侵されない点で、関節リウマチとは異なります。

●血管病変
この病気で大きな血管に病変がみられたとき、血管型ベーチェット病といいます。圧倒的に男性が多い病型です。動脈、静脈ともに侵され、深部静脈 血栓症 がもっとも多く、上大静脈、下大静脈、大腿静脈などに好発します。動脈病変としては動脈瘤がよくみられます。日本ではあまり経験しませんが、肺動脈瘤は 予後 不良とされています。

●消化器病変
腸管潰瘍を起こしたとき腸管型ベーチェット病といい、腹痛、下痢、下血などが主症状です。部位は右下腹部にあたる回盲部が圧倒的に多く、その他、上行結腸、横行結腸にもみられます。潰瘍は深く下掘れし、消化管出血や腸管穿孔により緊急手術を必要とすることもあります。

●神経病変
神経症状が前面に出る病型を神経ベーチェット病といいます。難治性で、男性に多い病型です。ベーチェット病発症から神経症状発現まで平均6.5年といわれています。大きく髄膜炎、脳幹脳炎として急性に発症するタイプと片麻痺、小脳症状、錐体路症状など神経症状に認知症などの精神症状をきたし慢性的に進行するタイプに大別されますが、個々の患者さんの症状は多彩です。急性型の一部には眼病変の治療に使うシクロスポリンの副作用として発症する例もありますが、腫瘍 壊死 因子(TNF)阻害薬(インフリキシマブ、アダリムマブ)の登場後は減ってきています。一方、慢性進行型は特に予後不良で、治療効果が乏しく、現在でも課題が残る病型です。神経型と喫煙との関連が注目されています。

●副睾丸炎
男性患者の約1割弱にみられます。睾丸部の圧痛と腫脹を伴います。

7.この病気にはどのような治療法がありますか

以上述べてきましたようにベーチェット病の病状は非常に多様ですので、すべての病状に対応できる単一の治療があるわけではありません。個々の患者さんの病状や重症度に応じて治療方針を立てる必要があります。

(1)眼症状:治療は発作時の治療と発作の予防の2つに大別されます。虹彩毛様体など前眼部に病変がとどまる眼炎症発作の場合は、副腎皮質ステロイド(ステロイド)の点眼や結膜下注射による治療を行い、また虹彩癒着防止のため散瞳薬を用います。視力予後に直接関わる網膜 脈絡膜 炎では、発作時にはステロイドの局所および全身投与で対処します。発作予防には、コルヒチンやシクロスポリンを使用します。これらの治療でも発作が起きてしまう場合には、TNF阻害薬であるインフリキシマブ、アダリムマブを使用します。TNF阻害薬の高い有効性により、ベーチェット病眼病変の視力予後は格段に改善しました。

(2)皮膚粘膜症状:副腎皮質ステロイド外用薬の局所療法とコルヒチンが基本的な治療です。さらに、口腔内アフタ性潰瘍にはアプレミラスト、結節性紅斑にはミノサイクリンやジアミノフェニルスルホン、毛包炎様皮疹には抗菌薬を使用するほか、難治例にはステロイドや免疫抑制薬を用いることもあります。

(3)関節炎:急性炎症には消炎鎮痛薬、ステロイド内服を、発作予防にはコルヒチンを用い、無効の場合、アザチオプリン、メトトレキサート、さらにはTNF阻害薬を考慮します。

(4)血管病変:ステロイドとアザチオプリン、シクロホスファミド、メトトレキサートなどの免疫抑制療法を主体とし、難治性の場合にはTNF阻害薬を考慮します。深部静脈血栓症には 抗凝固療法 を使用しますが、肺血管からの出血には注意を要します。大動脈病変、末梢動脈瘤には手術を考慮するが、このさいも免疫抑制療法を併用します。

(5)腸管病変:軽症から中等症にはサラゾスルファピリジンを含む5―アミノサリチル酸製剤、中等症から重症例には副腎皮質ステロイド、TNF阻害薬の使用や栄養療法を行います。ステロイド無効例、依存例やTNF阻害薬無効例などの難治例にはチオプリン製剤の併用を考慮し、腸管穿孔、高度狭窄、膿瘍形成、大量出血では外科手術を行います。

(6)中枢神経病変:脳幹脳炎、髄膜炎などの急性期の炎症にはステロイドパルス療法を含む大量のステロイドが使用され、再発予防にコルヒチンを用います。一方、精神症状、人格変化などが主体とした慢性進行型にはメソトレキセート投与を行います。いずれも難治性の場合、再発を繰り返す場合はインフリキシマブを考慮します。眼病変に使われるシクロスポリンは禁忌とされ、神経症状の出現をみたら中止し、再度使用すべきではありません。

8.この病気はどういう経過をたどるのですか

眼症状や特殊病型が認められない場合は、慢性的に繰り返し症状が出現するものの一般的に予後は悪くありません。眼症状、特に後部眼病変がみられる場合の視力の予後が不良となることがあります。かつては眼症状発現後2年で視力0.1以下になる率は約40%とされてきました。この数字は1990年代のシクロスポリン導入以後、20%程度にまで改善してきました。さらに、インフリキシマブの登場により、有効率は90%にものぼります。中枢神経病変、血管病変、腸管病変等の特殊型ベーチェット病はいろいろな後遺症を残すことがあります。腸管型に続き、中枢神経病変、血管病変の病型にもTNF阻害薬の保険適応や治験が進行していますので、今後の治療成績の向上が期待されます。

9.この病気は日常生活でどのような注意が必要ですか

全身の休養と保温に気をつけ、ストレスの軽減に努めましょう。歯磨きなどで口腔内の衛生に留意し、齲歯、歯肉炎の治療も重要です。また、喫煙は病気の悪化因子ともなりますので禁煙を心掛けましょう。食事については、特に食べてはいけないものや推奨するものはありませんが、バランスのとれた食事を摂りましょう。

10. 次の病名はこの病気の別名又はこの病気に含まれる、あるいは深く関連する病名です。 ただし、これらの病気(病名)であっても医療費助成の対象とならないこともありますので、主治医に相談してください。

 該当する病名はありません。

11.この病気に関する資料・関連リンク

ベーチェット病友の会
https://www.behcets-jp.net/

日本ベーチェット病学会
http://www-user.yokohama-cu.ac.jp/~jbehcet/index.html


情報提供者
研究班名 ベーチェット病に関する調査研究班
研究班名簿 研究班ホームページ
情報更新日 令和5年11月(名簿更新:令和5年6月)