先天性腎性尿崩症(指定難病225)

せんてんせいじんせいにょうほうしょう
 

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1.「先天性腎性尿崩症」とはどのような病気ですか

先天性 腎性尿崩症は腎臓でできた尿を十分に濃縮することができず、希釈された多量の尿が出る疾患です。
尿の量は抗利尿ホルモン(ADH)によって調節されています。ADHは尿量を少なくする作用を有するホルモンで、バソプレシン(AVP)とも呼ばれます。血液中のADHが少なくなると尿量が増加し、逆にADHが増加すると尿量が減少します。こうした尿量の調整は体にとって大変重要で、例えばのどが渇くような脱水状態では血液中のADHは増加して体に水分を保持する機構が働きますし、水分を必要以上に摂取した際にはADHが低下して余分な水分を尿として排泄します。このような水分の調整は、ADHが腎臓の集合管にある受容体(バソプレシン2型受容体;AVPR2)に作用して、水を通す分子である水チャンネル(アクアポリン2;AQP2)を介して尿から水分が再吸収されることで行われます。
腎性尿崩症はADHに対する腎臓の 反応性 が低下するために尿を濃縮することができず、希釈された尿が出て、尿の量が増加する疾患です。尿量が増加して水分が失われるため、のどが渇き、大量の水分を摂取するようになります。腎性尿崩症は 遺伝子の変異 による先天性とその他の原因で発症する後天性に分けることができます。

2.この病気の患者さんはどのくらいいるのですか

先天性腎性尿崩症の患者さんの数を示す正確な罹病率は不明です。カナダのケベック州における推測では男児100万人出生あたり8.8人の患者さん(X連鎖性潜性遺伝(劣性遺伝)形式)が認められたと報告されています。他の遺伝形式、非典型例、軽症例を加えるとこの数は増加すると思われます。

3.この病気はどのような人に多いのですか

先天性腎性尿崩症は遺伝性の疾患です。疾患の原因となる遺伝子変異は、親の世代から引き継がれる場合と、突然変異によって生じる場合があります。
乳児期早期に診断される例が多く、日本の報告において約7割が1歳未満で診断されており、6割は生後6ヶ月未満で診断されています。
遺伝形式は変異遺伝子によって複数あることが解っています。X連鎖性潜性遺伝(劣性遺伝)形式、常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)形式、または常染色体顕性遺伝(優性遺伝)形式があります。それぞれについて以下に解説します。
X連鎖性潜性遺伝(劣性遺伝)形式の場合、女性はX染色体が2本あるため病気を発症せず 保因者 になります。まれに1本のX染色体における遺伝子変異の女児で先天性腎性尿崩症の症状が認められることもありますが、症状があっても軽症であることが多いです。男性はX染色体が1本のため、遺伝子変異のある保因者の母親から生まれる男児は50%の確率で発症します。
常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)形式の場合、一対の遺伝子の両方に変異が存在するときのみ病気が発症します。遺伝子変異を持つ保因者同士の婚姻の場合、その両親から生まれる子どもに25%の確率で病気が発症します。
常染色体顕性遺伝(優性遺伝)形式の場合、一対の遺伝子の片方に変異があると病気が発症します。変異遺伝子を持つ親から生まれる子どもに50%の確率で病気が発症します。

4.この病気の原因はわかっているのですか

先天性腎性尿崩症は、AVPR2遺伝子の変異が約90%を占め、X連鎖性潜性遺伝(劣性遺伝)形式を示します。水チャンネルであるAQP2遺伝子の変異が約10%で常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)形式を示し、また少数ですが常染色体顕性遺伝(優性遺伝)形式を示す場合もあります。

5.この病気は遺伝するのですか

先天性腎性尿崩症は遺伝する疾患です。疾患の原因となる遺伝子変異は、親の世代から引き継がれる場合と、突然変異によって生じる場合があります。4で示した通り、複数の遺伝形式がありますので、変異遺伝子によって遺伝する確率は異なります。

6.この病気ではどのような症状がおきますか

先天性腎性尿崩症に特徴的な症状は、尿が濃縮できないことによる多尿(尿の過剰産生)と多飲(過度の口渇)です。出現する症状は患者さんの年齢により異なります。代表的には以下のような症状があります。
(1)胎児期:母体の羊水過多
(2)新生児期、乳児期:尿の量が多い(多尿)、水分をたくさんとる(多飲)、嘔吐、便秘、原因不明の発熱、体重増加不良、血液中の塩分であるナトリウムの濃度が高くなる状態(高ナトリウム血症)によるけいれん
(3)幼児期~成人:尿の量が多い(多尿)、水分をたくさんとる(多飲)、大量に水分を摂取することによる食欲の低下、体重の減少

7.この病気にはどのような治療法がありますか

根治治療を行うことは現時点では困難です。
血液中の塩分であるナトリウムの濃度が高くなる状態(高ナトリウム血症)を生ずることなく尿の量を減らすことができる利尿薬(サイアザイド系利尿薬)やナトリウム摂取の制限で対応します。インドメタシン誘導体などのプロスタグランジン合成阻害薬が併用されることもあります。
軽症の先天性腎性尿崩症では、抗利尿ホルモン剤によってある程度尿量を減少させることが可能な場合もあります。

8.この病気はどういう経過をたどるのですか

未治療の新生児・乳児は、体重増加不良・成長障害や原因不明の発熱を認める場合があります。脱水が持続する場合、飲水が多いため、適切な栄養摂取ができない場合、診断が遅れたり、治療が不十分な場合には、発育の不全を起こす可能性があり、そのために低身長となることがあります。
感染症など他の疾患にかかったとき、高温の環境、または水分補給を控えたりした時に急速に重度の脱水となる危険性があります。
尿量が多い状態が長い期間持続すると体の中の尿の通り道(腎盂、尿管、膀胱)の二次的拡張がみられ、その通り道に水分が貯留した状態(水腎症、水尿管症や巨大膀胱など尿路系の拡張)が発生します。その結果、尿の逆流による腎臓の障害(逆流性腎症、腎不全)が起きる場合があります。
水腎症,水尿管症,巨大膀胱に対しては尿量を減らす治療と、カテーテルによって尿を排出させる治療(間歇的もしくは持続的な膀胱カテーテル留置)が行われます。
最も重症の合併症は、新生児期・乳児期に高度な高ナトリウム血症と脱水が生じて脳に障害が発生することです(中枢神経障害)。適切な治療を早期に行わなかった場合、精神発達遅滞をきたすことがあります。
未診断例で、手術の際に水分摂取ができないため、血中ナトリウムの調節が困難となり、死亡した症例も報告されています。

9.この病気は日常生活でどのような注意が必要ですか

日常生活では、水分を十分に摂取することが大切です。飲水とトイレの使用が自由にできる状況を用意することも重要です。小児の場合は成長不良がないかを定期的に確認すること(モニタリング)が重要です。

10. 次の病名はこの病気の別名又はこの病気に含まれる、あるいは深く関連する病名です。 ただし、これらの病気(病名)であっても医療費助成の対象とならないこともありますので、主治医に相談してください。

該当する病名はありません。

11.この病気に関する資料・リンク

日本内分泌学会 間脳下垂体機能障害と先天性腎性尿崩症および関連疾患の診療ガイドライン2023年版(厚生労働省科学研究費補助金 難治性疾患等政策研究事業.間脳下垂体機能障害に関する調査研究班)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/endocrine/99/S.July/99_1/_pdf/-char/ja
腎性尿崩症(鳥取大学周産期・小児医学)
http://www.ndi.med.tottori-u.ac.jp/
GeneReviews(英語);Nephrogenic Diabetes Insipidus
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK1177/
Gene Reviews Japan(日本語); 腎性尿崩症
http://grj.umin.jp/grj/ndi.htm
V2受容体の変異による先天性腎性尿崩症に対するトルバプタンの探索的試験(特定臨床研究)
https://jrct.niph.go.jp/latest-detail/jRCTs031180369

 

情報提供者
研究班名 間脳下垂体機能障害に関する調査研究班
研究班名簿 
情報更新日 令和5年11月(名簿更新:令和5年6月)