HTRA1関連脳小血管病(指定難病123)
○ 概要
1.概要
HTRA1関連脳小血管病は、“禿頭と変形性脊椎症を伴う常染色体劣性白質脳症(CARASIL)”と、本疾患の原因遺伝子であるHTRA1遺伝子の変異をもつヘテロ接合体の脳小血管病を合わせた疾患名である。CARASILは、本邦の福武らにより禿頭、腰痛をともなう常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)形式の脳小血管病として疾患概念が確立された。CARASILは青年期から若年成人期に、進行性の大脳白質病変、多発性ラクナ梗塞、禿頭、変形性脊椎症を発症する。2019年9月までに本邦で7家系8例、本邦以外で16家系22例の遺伝子診断確定例が報告されている。一方、近年、ヘテロ接合性でHTRA1変異を持つ患者で脳小血管病症例が報告されている。本邦で11家系13例、本邦以外で23家系33例の遺伝子診断確定例が報告されている。これらのヘテロ接合性HTRA1変異による脳小血管病の症例は、CARASILと比較すると発症年齢が高く、禿頭、腰痛などの症状を欠くことも多い。一見家族歴のない症例も多い。全てのCARASILの原因となる変異が、一様に、症状を表すわけでは無い。よって、中年期以前に発症した脳小血管病患者では、禿頭、腰痛が無くとも本症を疑う必要があり、見出された変異の意義は慎重に判断する必要がある。
2.原因
HTRA1遺伝子の異常によって起こる。遺伝子異常によって、産生されるHTRA1蛋白は、プロテアーゼ活性を持つが、変異によりその活性を喪失する。プロテアーゼ活性の喪失により基質であるフィブロネクチンの蓄積が起こり、それにより他の細胞外基質蛋白を巻き込み、内膜が肥厚することが重要と考えられている。HTRA1蛋白は、その他にも、血管恒常性、毛周期、骨代謝に重要な役割を持つTGF-beta superfamily signalの調節にも関わっている。そのため、TGF-beta superfamily signalの調整障害がCARASILの病態に関与している可能性も想定されている。
3.症状
遺伝子診断によって確定されたCARASIL 28例の解析では、神経症状の発症年齢は、29.5±5.5歳であった。また、禿頭は85.7%、変形性脊椎症は100%、歩行障害は92.6%、脳卒中は40.7%、認知症は88.0%で認める。歩行障害と認知症は脳卒中によって悪化するが、明確な脳卒中がみられなくても緩徐進行性の経過をたどる。進行すると構音障害や嚥下障害を呈する。ヘテロ接合性HTRA1関連脳小血管病46例の解析では、神経症状の発症年齢(認知機能障害、歩行障害または脳卒中)は、54.1±11.4歳、認知機能障害は77.8%、歩行障害は67.4%、脳卒中は63.0%に認められた。神経外症状としては、禿頭が13.2%に、急性腰痛/変形性脊椎症は60.0%に認められている。CARASILと同様に緩徐進行性の経過を辿り、進行すると構音障害や嚥下障害を呈する。
4.治療法
確立された治療法はない。
5.予後
CARASILは認知症と運動障害が生涯にわたって進行し、平均40歳で車椅子を使用するようになる。症状は非可逆的であり、進行期には全ての日常生活動作に介助が必要になる。生命予後についてはデータが少なく不明である。ヘテロ接合性HTRA1関連脳小血管病については予後や、日常生活動作に関する情報は乏しく、今後のデータの蓄積が必要である。
○ 要件の判定に必要な事項
1. 患者数(令和元年度医療受給者証保持者数)
100人未満(CARASILは100人未満。ヘテロ接合者は、より多いと推察される。)
2. 発病の機構
不明(フィブロネクチンを初めとする細胞外基質の蓄積が示唆される。)
3. 効果的な治療方法
未確立(高血圧・糖尿病の管理が必要となるが、根治的治療はない。)
4. 長期の療養
必要(進行性である。)
5. 診断基準
あり(研究班作成の診断基準あり)
6. 重症度分類
modified Rankin Scale(mRS)、食事・栄養、呼吸のそれぞれの評価スケールを用いて、いずれかが3以上を対象とする。
○ 情報提供元
治験を目的とした,成人発症白質脳症のレジストリーと評価方法に関する研究班
研究代表者 新潟大学脳研究所脳神経内科 教授 小野寺理
日本神経学会
<診断基準>
Definite、Probableを対象とする。
HTRA1関連脳小血管病の診断基準
1. 55歳以下の発症(大脳白質病変又は中枢神経病変に由来する臨床症候)
2. 下記のうち、2つ以上の臨床症候ないし検査所見
a. 皮質下性認知症、錐体路障害、偽性球麻痺の1つ以上
b. 禿頭(アジア系人種40歳以下)
c. 変形性脊椎症又は急性腰痛
3. MRI/CTで、広汎な大脳白質病変(側頭極を含むことがある。)
4. 白質ジストロフィーを除外できる(副腎白質ジストロフィー、異染性白質ジストロフィー等)
<診断のカテゴリー>
Definite:3、4を満たし、HTRA1遺伝子変異を認める。
Probable:4項目を全て満たすが、HTRA1遺伝子の変異検索が行われていない。
Possible:3、4を満たし、1又は2-b、2-cのいずれかを伴うもの。
除外項目
10歳未満での神経症状の発症
注意:ヘテロ接合体でも発症する例があり、顕性遺伝(優性遺伝)形式でも除外できない。
<重症度分類>
modified Rankin Scale(mRS)、食事・栄養、呼吸のそれぞれの評価スケールを用いて、いずれかが
3以上を対象とする。
日本版modified Rankin Scale (mRS) 判定基準書 |
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modified Rankin Scale |
参考にすべき点 |
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0 |
全く症候がない |
自覚症状及び他覚徴候が共にない状態である |
1 |
症候はあっても明らかな障害はない: |
自覚症状及び他覚徴候はあるが、発症以前から行っていた仕事や活動に制限はない状態である |
2 |
軽度の障害: |
発症以前から行っていた仕事や活動に制限はあるが、日常生活は自立している状態である |
3 |
中等度の障害: |
買い物や公共交通機関を利用した外出などには介助を必要とするが、通常歩行、食事、身だしなみの維持、トイレなどには介助を必要としない状態である |
4 |
中等度から重度の障害: |
通常歩行、食事、身だしなみの維持、トイレなどには介助を必要とするが、持続的な介護は必要としない状態である |
5 |
重度の障害: |
常に誰かの介助を必要とする状態である |
6 |
死亡 |
日本脳卒中学会版
食事・栄養 (N)
0.症候なし。
1.時にむせる、食事動作がぎこちないなどの症候があるが、社会生活・日常生活に支障ない。
2.食物形態の工夫や、食事時の道具の工夫を必要とする。
3.食事・栄養摂取に何らかの介助を要する。
4.補助的な非経口的栄養摂取(経管栄養、中心静脈栄養など)を必要とする。
5.全面的に非経口的栄養摂取に依存している。
呼吸 (R)
0.症候なし。
1.肺活量の低下などの所見はあるが、社会生活・日常生活に支障ない。
2.呼吸障害のために軽度の息切れなどの症状がある。
3.呼吸症状が睡眠の妨げになる、あるいは着替えなどの日常生活動作で息切れが生じる。
4.喀痰の吸引あるいは間欠的な換気補助装置使用が必要。
5.気管切開あるいは継続的な換気補助装置使用が必要。
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続す
ることが必要なものについては、医療費助成の対象とする。
- Onodera O, Nozaki H, Fukutake T. HTRA1 Disorder.2010 Apr 27 [updated 2019 Nov 7]. In: Adam MP, Ardinger HH, Pagon RA, Wallace SE, Bean LJH, Gripp KW, Mirzaa GM, Amemiya A, editors. GeneReviews® [Internet]. Seattle (WA): University of Washington, Seattle; 1993–2021. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK32533/
- Uemura M, Nozaki H, Kato T et al. HTRA1-Related Cerebral Small Vessel Disease: A Review of the Literature. Frontiers in Neurology. 1-12. 2020.
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fneur.2020.00545/full - Kato T, Manabe RI, Igarashi H, Kametani F, Hirokawa S, Sekine Y, Fujita N, Saito S, Kawashima Y, Hatano Y, Ando S, Nozaki H, Sugai A, Uemura M, Fukunaga M, Sato T, Koyama A, Saito R, Sugie A, Toyoshima Y, Kawata H, Murayama S, Matsumoto M, Kakita A, Hasegawa M, Ihara M, Kanazawa M, Nishizawa M, Tsuji S, Onodera O.
Candesartan prevents arteriopathy progression in cerebral autosomal recessive arteriopathy with subcortical infarcts and leukoencephalopathy model.
J Clin Invest. 2021 Nov 15;131(22):e140555.https://www.jci.org/articles/view/140555
研究班名 | 成人発症白質脳症の実態調査とレジストリ作成の研究班 研究班名簿 |
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情報更新日 | 令和6年4月(名簿更新:令和6年6月) |