神経線維腫症Ⅰ型(指定難病34)

しんけいせんいしゅしょうⅠがた
 

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神経線維腫症Ⅰ型
神経線維腫症Ⅱ型

○ 概要
 
1.概要
神経線維腫症1型(neurofibromatosis type1:NF1、レックリングハウゼン病)は、カフェ・オ・レ斑と神経線維腫を主徴とし、骨、眼、神経系、(副腎、消化管)などに多彩な症候を呈する母斑症であり、常染色体性の顕性遺伝(優性遺伝)疾患である。
神経線維腫症2型(neurofibromatosis type2:NF2)は、両側性に発生する聴神経鞘腫(前庭神経鞘腫)を主徴とし、その他の神経系腫瘍(脳及び脊髄神経鞘腫、髄膜腫、脊髄上衣腫)や皮膚病変(皮下や皮内の末梢神経鞘腫、色素斑)、眼病変(若年性白内障)を呈する常染色体性の顕性遺伝(優性遺伝)疾患である。
 
2.原因
神経線維腫症1型の原因遺伝子は17番染色体長腕(17q11.2)に位置し、その遺伝子産物はニューロフィブロミン(neurofibromin)と呼ばれ、Ras蛋白の機能を制御して細胞増殖や細胞死を抑制することにより、腫瘍の発生と増殖を抑制すると考えられている。NF1遺伝子に変異(病的バリアント)を来した神経線維腫症1型では、RASの恒常的な活性化のため、RAS/MAPK経路の活性化とPI3K/AKT経路の活性化を生じ、神経線維腫をはじめとし、多種の病変を生じると推測されている。しかし、詳しい機構については不明な点も多い。
神経線維腫症2型の責任遺伝子は第22染色体長腕22q12に存在し、この遺伝子が作り出す蛋白質はmerlin(又はschwannomin)と名付けられている。merlinは腫瘍抑制因子として働くと考えられている。神経線維腫症2型では、merlinの遺伝子に異常が生じ、正常なmerlinができないために発症する。同様に、神経線維腫症2型以外の一般の神経鞘腫・髄膜腫・脊髄上衣腫などでもmerlinの遺伝子に異常が見つかっている。
 
3.症状
①神経線維腫症1型は、以下の症状を特徴とする。
・カフェ・オ・レ斑-扁平で盛り上がりのない斑であり、色は淡いミルクコーヒー色から濃い褐色に至るまで様々で、色素斑内に色の濃淡はみられない。形は長円形のものが多く、丸みを帯びた滑らかな輪郭を呈している。小児では径0.5cm以上、成人では径1.5cm以上を基準とする。
・神経線維腫-皮膚の神経線維腫は思春期頃より全身に多発する。この他皮下の末梢神経内の神経線維腫(nodular plexiform neurofibroma)、び漫性の神経線維腫(diffuse plexiform neurofibroma)がみられることもある。悪性末梢神経鞘腫瘍は末梢神経から発生する肉腫で患者の2~4%に生じる。
・その他の症候:
皮膚病変-雀卵斑様色素斑、大型の褐色斑、貧血母斑、若年性黄色肉芽腫、有毛性褐青色斑など。
骨病変-頭蓋骨・顔面骨の骨欠損、四肢骨の変形・病的骨折、脊柱・胸郭の変形など。
眼病変-虹彩小結節(Lisch nodule)、視神経膠腫など。
脳脊髄腫瘍-視神経膠腫、毛様細胞性星細胞腫、脊髄腫瘍など。
その他unidentified bright object(UBO)、消化管間質腫瘍(gastrointestinal stromal tumor:GIST)、褐色細胞腫、悪性末梢神経鞘腫瘍、限局性学習症、注意欠如・多動症、自閉スペクトラム症などがみられる。
神経線維腫症1型の診断のポイントとして、カフェ・オ・レ斑と神経線維腫がみられれば診断は確実である。小児例ではカフェ・オ・レ斑が6個以上あれば本症が疑われ、家族歴その他の症候を参考にして診断する。ただし、両親ともに正常のことも多い。成人例ではカフェ・オ・レ斑が分かりにくいことも多いので、神経線維腫を主体に診断する。

②神経線維腫症2型の発症年齢は様々であるが、10~20代の発症が多い。両側の聴神経鞘腫が最も代表的であるが、この他多数の神経に神経鞘腫が生じる。また、その他の中枢神経系腫瘍として髄膜腫、上衣腫なども生じる。最も多い症状は、聴神経鞘腫による難聴・ふらつきで、脊髄神経鞘腫による手足のしびれ・知覚低下・脱力もおこる。その他に、頭痛、顔面神経麻痺、顔面のしびれ、歩行障害や小脳失調、痙攣、半身麻痺、視力障害、嚥下障害や構音障害などを伴うこともある。
検査として、造影MRI、聴力検査、眼科的検査が必要で、特に造影MRIと聴力検査は毎年1~2回定期的に行う必要がある。頭部造影MRIでは、前庭神経鞘腫・三叉神経鞘腫を始めとする各脳神経鞘腫、髄膜腫、脳室内髄膜腫や眼窩内腫瘍もみられる。また、脊髄造影MRIでは、多発する脊髄神経鞘腫と髄内腫瘍(多くは上衣腫)がみられる。これらの腫瘍は、成長せずに長期間同じ大きさでとどまることもあるが、増大することもあり、成長の予測は困難である。聴力検査としては、純音聴力検査、語音聴力検査、聴性脳幹反応検査を行う。聴力レベルと前庭神経鞘腫の大きさは必ずしも相関せず、聴力レベルが長期間不変のことや急に悪化することもある。眼科的には白内障検査と視力検査を行う。若年性白内障、中でもposterior capsular/subcapsular cataractは、80%と高率に見られたとする報告がある。

 
4.治療法
①神経線維腫症1型
1)色素斑
約半数の患者が色素斑を整容上の問題と捉えて悩んでいる。しかし、現在のところ、色素斑を完全に消失させうる確実な治療法はないため、希望に応じて対症療法を行う。
2)神経線維腫
治療を希望する患者に対して、整容的な観点ないし患者の精神的苦痛を改善させるため、外科的切除が第1選択となる。数が少なければ、局所麻酔下に切除する。数が多ければ全身麻酔下に出来る限り切除する。小型のものはトレパンによる切除、電気焼灼術、炭酸ガスレーザーによる切除も有効である。び漫性神経線維腫は内在する豊富な血管に対処しながら切除する。悪性末梢神経鞘腫瘍は早期の根治的切除術を原則とする。
3)多臓器病変
中枢神経病変、骨病変、褐色細胞腫、GISTなど、種々の多臓器の病変に対する専門的な治療を診療科横断的に行う。


②神経線維腫症2型
治療には手術による腫瘍の摘出と定位放射線治療が行われる。薬物療法、遺伝子治療はいまだ困難である。聴神経鞘腫については左右の腫瘍サイズと残存聴力に応じて種々の病状が想定され、各病態に応じた治療方針が要求される。一般に、腫瘍が小さいうちに手術すれば術後顔面神経麻痺の可能性は低く、聴力が温存できる可能性もある。外科手術の他に、ガンマーナイフなどの定位放射線手術も小さな腫瘍には有効である。
 
5.予後
神経線維腫1型の生命の予後は比較的良く、悪性末梢神経鞘腫瘍の合併率は数パーセント程度である。
神経線維腫症2型は、腫瘍があっても何年も無症状で経過することもあるが、特に若年者では腫瘍が成長して、急速に難聴などの神経症状が進行することがある。両側聴神経鞘腫など頭蓋内腫瘍の成長を制御できない場合には、QOLが悪化し、生命の危険も高い。過去の調査では、5年・10年・20年生存率は各々85%・67%・38%であった。
 
 
 
○ 要件の判定に必要な事項
1.患者数(令和元年度医療受給者証保持者数)
3,961人
2.発病の機構
不明(遺伝子の異常などを指摘されているが詳細は不明)
3.効果的な治療方法
未確立(手術で取り切れないことも多い。)
4.長期の療養
必要(聴覚障害、顔面神経麻痺など合併症もある。)
5.診断基準
あり
6.重症度分類
神経線維腫症1型はDNB分類を用いて、Stage3以上を対象とする。
神経線維腫症2型は研究班の重症度分類を用いて、Stage1以上を対象とする。
 
○ 情報提供元
「神経皮膚症候群に関する診療科横断的検討による科学的根拠に基づいた診療指針の確立研究班」
研究代表者 神戸大学大学院医学系研究科 皮膚科学分野 教授 錦織千佳子
 
 
 
<診断基準>
○神経線維腫症1型
Definiteを対象とする。 
 
A. 遺伝学的診断基準 
 NF1 遺伝子の病因となる変異が同定されるとき。 
 
※ただし、その判定(特にミスセンス変異)においては専門科の意見を参考にする。 
本邦で行われた次世代シーケンサーを用いた変異の同定率は90%以上と報告されているが、遺伝子検査で変異が同定されなくとも神経線維腫症1型を否定するわけではなく、その診断に臨床的診断基準を用いることに何ら影響を及ぼさないことに留意する。 
 
B. 臨床的診断基準 
1.6個以上のカフェ・オ・レ斑 
2.2個以上の神経線維腫(皮膚の神経線維腫や神経の神経線維腫など)またはびまん性神経線維腫 
3.腋窩あるいは鼠径部の雀卵斑様色素斑(freckling) 
4.視神経膠腫(optic pathway glioma) 
5.2個以上の虹彩小結節(Lisch nodule) 
6.特徴的な骨病変の存在(脊柱・胸郭の変形、四肢骨の変形、頭蓋骨・顔面骨の骨欠損) 
7.家系内(第一度近親者)に同症 
 
診断のカテゴリー 
Definite: A、またはBの7項目中2項目以上を満たす。 
 
<その他の参考所見> 
1. 大型の褐色斑 
2. 有毛性褐青色斑 
3. 若年性黄色肉芽腫 
4. 貧血母斑 
5. 脳脊髄腫瘍 
6. Unidentified bright object(UBO) 
7. 消化管間質腫瘍(Gastrointestinal stromal tumor:GIST) 
8. 褐色細胞腫 
9. 悪性末梢神経鞘腫瘍 
10. 限局性学習症・注意欠如多動症・自閉スペクトラム症


○神経線維腫症2型 
Definiteを対象とする。 

1.診断のカテゴリー 
Definite1: MRI又はCTで両側聴神経腫瘍(前庭神経鞘腫)が存在する。 
Definite2:(親・子ども・兄弟姉妹のいずれかが神経線維腫症2型のとき)本人に①、又は②が存在する。 
① 片側性の聴神経腫瘍(前庭神経鞘腫) 
② 神経鞘腫・髄膜腫・神経膠腫・若年性白内障のうちいずれか2種類 
 
 
<重症度分類>
○神経線維腫症1型
Stage3以上に該当するものを対象とする。
 
重症度分類

DNB分類

生活機能と社会的活動度

Stage1:D1であって、N0かつB0であるもの
 
Stage2:D1又はD2であってN2及びB2を含まないもの

日常・社会生活活動にほとんど問題ない
 
日常・社会生活活動に問題あるが軽度

Stage3:D3であってN0かつB0であるもの
 
Stage4:D3であってN1又はB1のいずれかを含むもの
 
Stage5:D4、N2、B2のいずれかを含むもの

日常生活に軽度の問題があり、社会生活上の問題が大きい
 
日常生活に中等度の問題があり、社会生活上の問題が大きい
 
身体的異常が高度で、日常生活の支障が大きい

 
皮膚病変
D1 色素斑と少数の神経線維腫が存在する
D2 色素斑と比較的多数の神経線維腫が存在する
D3 顔面を含めて極めて多数の神経線維腫が存在する
(1cm程度以上のものがおおむね1000個以上、体の一部から全体数を推定して評価してもよい)
D4 び漫性神経線維腫などによる機能障害や著しい身体的苦痛
又は悪性末梢神経鞘腫瘍の併発あり
神経症状
N0 神経症状なし
N1 麻痺、痛み等の神経症状や神経系に異常所見がある
N2 高度あるいは進行性の神経症状や異常所見あり
骨病変
B0 骨病変なし
B1 軽度ないし中等度の骨病変(手術治療を必要としない脊柱又は四肢骨変形)
B2 高度の骨病変あり[dystrophic typeないし手術治療を要する難治性の脊柱変形(側弯あるいは後弯)、四肢骨の高度の変形・偽関節・病的骨折、頭蓋骨欠損又は顔面骨欠損]
 
 
 
○神経線維腫症2型
Stage1以上を対象とする。

神経症状
右聴力レベル(   )dB  
右聴力レベル
  70dB以上 100dB未満
あり(1点)
右聴力レベル  100dB以上 あり(2点)
左聴力レベル(   )dB  
右聴力レベル
  70dB以上 100dB未満
あり(1点)
右聴力レベル  100dB以上 あり(2点)
顔面神経麻痺
一側麻痺 あり(1点)
両側麻痺 あり(2点)
小脳失調(前庭症状を含む) あり(1点)
一側又は両側顔面知覚低下 あり(1点)
嚥下障害又は構音障害 あり(2点)
複視 あり(1点)
視力障害
一側失明 あり(2点)
両側失明 あり(4点)
半身麻痺 あり(2点)
失語 あり(2点)
記銘力低下 あり(1点)
痙攣発作 あり(1点)
脊髄症状
軽度脊髄症状 あり(2点)
高度脊髄症状 あり(4点)

重症度分類

 

Score合計

日常生活

社会生活

Stage0

ほとんど問題ない

ほとんど問題ない

Stage1
Stage2
Stage3
Stage4




4以上

軽度の問題あり
軽度の問題あり
問題あり
支障が大きい

軽度の問題あり
問題あり
重度の問題あり
重度の問題あり

 
 
 
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。
 
 

令和6年4月1日

情報提供者
研究班名 神経皮膚症候群および色素性乾皮症・ポルフィリン症の学際的診療体制に基づく医療最適化と患者QOL向上のための研究班
研究班名簿 研究班ホームページ
情報更新日 令和6年4月(名簿更新:令和5年11月)