特発性基底核石灰化症(指定難病27)
○ 概要
1.概要
1930年、ドイツの病理学者Theodor Fahr(1877~1945)が病理学的な症例報告をして、その名前が病名につけられている。しかし、ファール(Fahr)病という病名は疾患概念として曖昧なところがあり、これまでも多くの名称が用いられてきたが、最近、海外ではfamilial idiopathic basal ganglia calcification(FIBGC)、primary familial brain calcification(PFBC)など様々な名称が使われている。
本疾患は、両側基底核に明らかな病的な石灰化を認め、下記の診断基準にある鑑別疾患がなされたものを特発性基底核石灰化症(Idiopathic basal ganglia calcification:IBGC)と定義する。さらに、家族例(家系内に複数の同様の患者が存在する。)と判明した症例や、後述の遺伝子異常が判明した症例は、家族性特発性基底核石灰化症(familial Idiopathic basal ganglia calcification:FIBGC)に分類する。
当初、孤発例と思われた症例もその後の臨床的検索から、家族例と判明する症例も存在すると考えられ、今後、家族例を主に更なる原因遺伝子が判明していくものと思われる。
2.原因
FIBGC症例において、リン酸トランスポーターの1つであるtype III sodium-dependent phosphate transporter 2(PiT2)をcodeする遺伝子SLC20A2の変異が報告された。日本人の症例においても、家族例で半数にこの遺伝子変異を認め、病態解明への大きなmilestoneとなった。さらに血小板由来成長因子 (platelet-derived growth factor:PDGF)のレセプターのsubunit βをcodeする遺伝子PDGFRBの変異も報告された。続いて、PDGF受容体の重要なligandの1つであるPDGF-Bをcodeする遺伝子PDGFBの変異についても報告された。最近、原因遺伝子としてXPR-1遺伝子の変異が報告されたが、本邦ではまだ確認されていない。
3.症状
無症状からパーキンソン症状など錐体外路症状、小脳症状、精神症状(前頭葉症状等)、認知症症状をきたす症例まで極めて多様性がある。若い人で頭痛、てんかんを認めることも少なくない。本疾患は若年発症例もあり、緩徐進行性である。また、偶発的に頭部CT所見から見つかることもある。発作性運動誘発性舞踏アテトーゼ(paroxysmal kinesigenic choreoathetosis:PKC)を症状とする場合もある。中には、中年以降に認知症を呈する小阪・柴山病(Diffuse neurofibrillary tangles with calcification:DNTC)と鑑別に苦慮する症例も少なくない。DNTCは剖検では側頭葉、前頭葉に高度な脳葉萎縮を来すが、典型的なIBGCでも前頭葉の血流低下を呈する症例が散見される。DNTCでは頭部CT画像上の石灰化は点状から斑状のものまで報告されているが、IBGCで報告されているような際立った石灰化の報告、また家族例の報告はまだない。
4.治療法
根本的な治療法はまだ見つかっていない。遺伝子変異を認めた患者の疾患特異的iPS細胞やPiT2、PDGFを軸に創薬の研究がなされている。対症療法ではあるが、不随意運動や精神症状にquetiapineなど抗精神病薬が用いられている。また病理学的にもパーキンソン病を合併する症例があり、抗パーキンソン病薬、PKCではcarbamazepineが効果を認めている。
5.予後
アルコールを多飲する症例では、精神症状や脳萎縮を来しやすい。原因遺伝子などによって、脳内石灰化の進行や予後は変わってくると予測される。
○ 要件の判定に必要な事項
1.患者数
200人(研究班による)
2.発病の機構
不明(遺伝子異常が示唆されている。)
3.効果的な治療方法
未確立
4.長期の療養
必要(緩徐進行性である。)
5.診断基準
あり(研究班による診断基準)
6.重症度分類
Barthel Indexを用いて、85点以下を対象とする。
○ 情報提供元
「特発性脳内石灰化症の遺伝子診断に基づいた分類と診療ガイドラインの確立に関する研究班」
研究代表者 岐阜薬科大学薬物治療学 教授 保住功
<診断基準>
下記1~3を満たすものを特発性基底核石灰化症(IBGC)、さらに4を満たすものを家族性特発性基底核石灰化症(FIBGC)に分類する。
1.頭部CT上、両側基底核に明らかに病的な石灰化を認める。
加齢に伴う生理的石灰化と思われるものを除く(高齢者における淡蒼球の点状の石灰化など)。
小脳歯状核などの石灰化の有無は問わない。
注1 原因によらず、大脳基底核、特に淡蒼球内節は最も石灰化を来しやすい部位であり、特発性の症例で、1症例を除いて全て両側性に基底核に石灰化を認めている。
注2 下記の文献における調査のように、頭部CTで淡蒼球の石灰化は、約20%に点状、2~3%に斑状に認め、頻度も加齢とともに増加する傾向があり、年齢を考慮する必要がある。
2.何らかの進行性の神経症状を呈する。
具体的には、頭痛、精神症状(脱抑制症状、アルコール依存症など)、てんかん、精神発達遅延、認知症、パーキンソニズム、不随意運動(PKCなど)、小脳症状などがある。
注1 無症状と思われる若年者でも、問診により、しばしば頭痛を認めることがある。またスキップができないなど軽度の運動障害を認めることもある。
注2 脱抑制症状があり、ときにアルコール多飲となり、頭部CTで、脳萎縮が目立つ症例がある。
3.下記に示すような脳内石灰化を来す疾患が除外できる。
主なものとして、副甲状腺疾患(血清カルシウム、リン、iPTHが異常値)、偽性副甲状腺機能低下症(血清カルシウム低値)、偽性偽性副甲状腺機能低下症(Albright骨異栄養症)、コケイン(Cockayne)症候群、ミトコンドリア脳筋症、エカルディ・グティエール[m1] (Aicardi-Goutières)症候群、ダウン(Down)症候群、膠原病、血管炎、感染(HIV脳症など、EBウイルス感染症など)、中毒・外傷・放射線治療などを除外する。
4.家族性特発性基底核石灰化症(FIBGC)
上記の1~3を満たし、下記のどちらかを認める場合、FIBGCに分類する。
4-1.家族例(家系内に複数の同様の患者が存在する)と判明した症例
4-2.SLC20A2、PDGFRB、PDGFBなどの原因遺伝子異常が判明した症例
注1 上記診断基準においては、初老期に前頭・側頭型の認知症をきたすDNTCとの鑑別が困難であるが、確定診断は病理診断に基づくものであり、その原因遺伝子やバイオマーカーが確定しない現状においては、分類が困難な症例も多く、あえて区別しない。ただし、DNTC疑いありの注釈を添える。
注2 家族例においては、近年、約5割で、リン酸トランスポーターであるPiT-2をcodeする遺伝子SLC20A2の遺伝子異常が判明し、またPDGFの重要なligandの1つであるPDGF-Bをcodeする遺伝子PDGFBの遺伝子変異も認められた。国際的にはFIBGCは1~5型に分類されている。他疾患の除外診断も考え、可能な限り、遺伝子検査が望まれる。
<重症度基準>
機能的評価:Barthel Index
85点以下を医療費助成の対象とする。
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質問内容 |
点数 |
|
1 |
食事 |
自立、自助具などの装着可、標準的時間内に食べ終える |
10 |
部分介助(例えば、おかずを切って細かくしてもらう) |
5 |
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全介助 |
0 |
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2 |
車椅子からベッドへの移動 |
自立、ブレーキ、フットレストの操作も含む(歩行自立も含む) |
15 |
軽度の部分介助又は監視を要する |
10 |
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座ることは可能であるがほぼ全介助 |
5 |
||
全介助又は不可能 |
0 |
||
3 |
整容 |
自立(洗面、整髪、歯磨き、ひげ剃り) |
5 |
部分介助又は不可能 |
0 |
||
4 |
トイレ動作 |
自立(衣服の操作、後始末を含む、ポータブル便器などを使用している場合はその洗浄も含む) |
10 |
部分介助、体を支える、衣服、後始末に介助を要する |
5 |
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全介助又は不可能 |
0 |
||
5 |
入浴 |
自立 |
5 |
部分介助又は不可能 |
0 |
||
6 |
歩行 |
45m以上の歩行、補装具(車椅子、歩行器は除く)の使用の有無は問わず |
15 |
45m以上の介助歩行、歩行器の使用を含む |
10 |
||
歩行不能の場合、車椅子にて45m以上の操作可能 |
5 |
||
上記以外 |
0 |
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7 |
階段昇降 |
自立、手すりなどの使用の有無は問わない |
10 |
介助又は監視を要する |
5 |
||
不能 |
0 |
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8 |
着替え |
自立、靴、ファスナー、装具の着脱を含む |
10 |
部分介助、標準的な時間内、半分以上は自分で行える |
5 |
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上記以外 |
0 |
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9 |
排便コントロール |
失禁なし、浣腸、坐薬の取扱いも可能 |
10 |
ときに失禁あり、浣腸、坐薬の取扱いに介助を要する者も含む |
5 |
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上記以外 |
0 |
||
10 |
排尿コントロール |
失禁なし、収尿器の取扱いも可能 |
10 |
ときに失禁あり、収尿器の取扱いに介助を要する者も含む |
5 |
||
上記以外 |
0 |
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。