脳クレアチン欠乏症候群(指定難病334)

のうくれあちんけつぼうしょうこうぐん
 

(概要、臨床調査個人票の一覧は、こちらにあります。)

○ 概要
 
1.概要
脳クレアチン欠乏症候群(cerebral creatine deficiency syndromes: CCDSs;ICD10 コード E728)は、脳内クレアチン欠乏により、知的障害、言語発達遅滞、てんかんなどを発症する疾患群である。 クレアチン 生合成の異常によるグアニジノ酢酸メチル基転移酵素(GAMT)欠損症及びアルギニン・グリシンアミジノ基転移酵素(AGAT)欠損症並びにクレアチン輸送障害による クレアチントランスポーター (SLC6A8)欠損症の 3 疾患が含まれ、それぞれ、GAMT 遺伝子(19p13.3)、GATM 遺伝子(15q21.1)及び SLC6A8 遺伝子(Xq28)の変異により発症する。GAMT 欠損症及び AGAT 欠損症は常染色体劣性遺伝型式、SLC6A8 欠損症は X連鎖性劣性遺伝形式である。特に、SLC6A8 欠損症は、遺伝性知的障害症候群の中で最も頻度が高い疾患の一つと推定されている。予後は、合併症の程度による。
 
2.原因
GAMT 欠損症は GAMT 遺伝子(19p13.3)、AGAT 欠損症は GATM 遺伝子(15q21.1)、SLC6A8 欠損症はSLC6A8 遺伝子(Xq28)変異の遺伝子変異により発症する。GAMT 欠損症及び AGAT 欠損症は 常染色体劣性疾患 、SLC6A8 欠損症は X連鎖性疾患である。いずれも、神経細胞内のクレアチン欠乏をきたす。
 
3.症状
SLC6A8 欠損症では、軽度〜重度の知的障害(18 才以上患者の 75%は重度知的障害を呈する)、言語発達遅滞(10 才以上の患者では 14%が発語の獲得なし、55%が単語のみの発語)、けいれん(59%)、運動異常(失調歩行 29%、ジストニア 11%)、行動異常(注意欠如・多動症 55%、自閉症スペクトラム症 41%など)、その他の神経症状(筋緊張低下 40%)を認める。療育や生涯にわたる生活支援を必要とする。[vande Kamp JM, et al. Phenotype and genotype in 101 males with X-linked creatine transporter deficiency. JMed Genet, 2013] GAMT 欠損症では、重度知的障害(60%)、けいれん(78%)、運動異常(30%)、行動異常(77%)を認める。AGAT 欠損症では、 軽度〜重度知的障害、けいれん(9%)、行動異常(27%)、筋緊張低下(67%)を認める。 [Mercimek-Mahmutoglu S. GeneReviews, 2015]
 
4.治療法
GAMT 欠損症及び AGAT 欠損症は早期のクレアチンの補充療法が有効である。最も頻度の高いSLC6A8 欠損症には、様々な治療法が試みられているが、有効な治療法がない。
 
5.予後
生命予後は合併症の程度による。生活の質は知的障害と合併症の重症度に依存すると考えられる。
 
○ 要件の判定に必要な事項
1.患者数
100人未満
2.発病の機構
不明(クレアチン/リン酸クレアチン系は、脳や筋における化学的エネルギーの細胞質貯蔵の緩衝系として働いている。クレアチン生合成や輸送の障害は脳内クレアチン欠乏をきたし、知的障害、言語発達遅滞、てんかんを引き起こすと、考えられる。クレアチンは、食品からの摂取による外因性のものと、アルギニンとグリシンを基質としてアルギニン・グリシンアミジノ基転移酵素(AGAT)及びグアニジノ酢酸メチル基転移酵素(GAMT)の二つの酵素により産生される内因性のものがある。クレアチンは、脳毛細血管に存在するクレアチントランスポーターを介して、最終的に神経細胞などに輸送される。)
3.効果的な治療方法
未確立(AGAT 欠損症及び GAMT 欠損症ではクレアチン補充療法により、認知機能や筋力の改善を認める。GAMT 欠損症では、神経毒性の高いグアニジノ酢酸の産生を抑えるため、オルニチンや安息香酸ナトリウムの摂取、アルギニン摂取制限が併用される。SLC6A8 欠損症に対しては、有効な治療法がない。)
4.長期の療養
必要(知的障害の程度や合併症の有無による)
5.診断基準
あり(日本小児神経学会「脳クレアチン欠乏症候群」診断の手引き)
6.重症度分類
① modified Rankin Scale (mRS) 3(中等度の障害)以上に相当
② 日本脳卒中学会による食事・栄養の評価スケール3以上
③ 日本脳卒中学会による呼吸の評価スケール3以上

①〜③のいずれかに当てはまるものを対象とする。

 
○ 情報提供元
難治性疾患政策研究事業 「遺伝性白質疾患・知的障害をきたす疾患の診断・治療・研究システム構築」研究班
研究代表者 自治医科大学 教授 小坂仁
分担研究者 京都大学大学院医学研究科ゲノム医療学講座 特定教授 和田敬仁

「日本小児神経学会 共同研究支援委員会」 脳クレアチン欠乏症候群 診断の手引き
代表者 京都大学大学院医学研究科ゲノム医療学講座 特定教授 和田敬仁
 
 
<診断基準>
Definite及びProbableを対象とする。

脳クレアチン欠乏症候群の診断基準

A. 症状
1. 知的障害
2. 自閉スペクトラム症
3. てんかん
4. 言語発達遅滞
5. 筋緊張低下
(参考所見:低身長などの発育不全が診断の参考になることがある。)

B.検査所見
1. 血液・生化学的検査所見:尿、血清、髄液中のクレアチン、クレアチニン及びグアニジノ酢酸
(A)AGAT 欠損症 血清中のグアニジノ酢酸の低下、もしくは尿中グアニジノ酢酸/クレアチニン比の低下
(B)GAMT 欠損症 血清もしくは髄液中のグアニジノ酢酸の上昇、もしくは尿中グアニジノ酢酸/クレアチニン比の上昇
(C)SLC6A8 欠損症(男性患者)尿中クレアチン/クレアチニン比の上昇

(尿中クレアチン/クレアチニン比の単位に注意する(換算方法;クレアチン 1mg/dL= 78.26μ M、クレアチニン 1mg/dL= 88.4μ M)。年齢によって変動することを考慮する。食事の影響を受けやすいため、複数回の測定、あるいは絶食後の検体を用いた測定が必要である。女性患者では正常範囲であり、診断に用いることは出来ない。男女共に確定診断には、脳 H1-MRS や遺伝学的検査が必要である。)
参考:基準値(Almeida LS. Mol Genet Metab, 214-219, 2004 による)

  単位 尿 (n=140) 血清 (n=60) 髄液 (n=25)
グアニジノ酢酸 µM 0-15 歳 9-1142 0-15 歳 0.35-1.8 全年齢 0.02-0.56
    15歳以上 20-577 15歳以上 1.0-3.5    
               
グアニジノ酢酸/
クレアチ二ン比
mmol/mol
クレアチ二ン
0-15 歳 4-220        
    15 歳以上 3-78        
    尿 (n=140) 血清 (n=60) 髄液 (n=25)
クレアチン µM 4歳未満 5-6725 10歳未満 17-109 全年齢 17-87
    4-12歳 36-4964 10歳以上 6-50    
    12歳 31-2588        
               
クレアチン/
クレアチニン比
  4歳未満 0.006-1.2        
    4-12歳 0.017-0.72        
    12歳以上 0.011-0.24        

2. 画像検査所見(3 疾患に共通):脳の 1H-MR スペクトロスコピー(MRS)におけるクレアチンピークの低下。

(参考所見:脳 MRI/CT の脳梁菲薄化・低形成が診断の参考になることがある。)

※疾患頻度を考慮すると、特に男性患者では SLC6A8 欠損症の鑑別が重要であり、尿中クレアチン/クレアチニン比の測定を最優先とすべきである。次に、1H-MR スペクトロスコピー(MRS)におけるクレアチンピーク の低下を確認する。遺伝学的検査により診断は確定する。ただし、女性患者に対しては、遺伝学的検査のみが確定診断となる。(尿中クレアチン/クレアチニン比、MRS では、診断できない)

C. 鑑別診断
脆弱 X 症候群や微細欠失重複症候群など、知的障害を主症状とする疾患。

D. 遺伝学的検査
GAMT 欠損症 GAMT 遺伝子(19p13.3)
AGAT 欠損症 GATM 遺伝子(15q21.1)
SLC6A8 欠損症 SLC6A8 遺伝子(Xq28)
(令和 3 年現在保険収載されていないが、GAMT、GATM 及び SLC6A8 遺伝子の検査は、かずさ DNA 研究所へ検査依頼が可能である。)

<診断のカテゴリー>
Definite:A-1を満たし、B-1又はB-2を満たし、Cの鑑別すべき疾患を除外し、 Dを満たすもの
Probable:A-1を満たし、B-1及びB-2を満たし、Cの鑑別すべき疾患を除外したもの
Possible:Aのうち1項目を満たし、B-1を満たし、Cの鑑別すべき疾患を除外したもの

 

<重症度分類>
modified Rankin Scale(mRS)、食事・栄養、呼吸のそれぞれの評価スケールを用いて、いずれかが3以上を対象とする。

  日本版modified Rankin Scale (mRS) 判定基準書

modified Rankin Scale

参考にすべき点

まったく症候がない

自覚症状および他覚徴候がともにない状態である

症候はあっても明らかな障害はない:
日常の勤めや活動は行える

自覚症状および他覚徴候はあるが、発症以前から行っていた仕事や活動に制限はない状態である

軽度の障害:
発症以前の活動がすべて行えるわけではないが、自分の身の回りのことは介助なしに行える

発症以前から行っていた仕事や活動に制限はあるが、日常生活は自立している状態である

中等度の障害:
何らかの介助を必要とするが、歩行は介助なしに行える

買い物や公共交通機関を利用した外出などには介助を必要とするが、通常歩行、食事、身だしなみの維持、トイレなどには介助を必要としない状態である

中等度から重度の障害:
歩行や身体的要求には介助が必要である

通常歩行、食事、身だしなみの維持、トイレなどには介助を必要とするが、持続的な介護は必要としない状態である

重度の障害:
寝たきり、失禁状態、常に介護と見守りを必要とする

常に誰かの介助を必要とする状態である。

死亡


食事・栄養 (N)
0.症候なし。
1.時にむせる、食事動作がぎこちないなどの症候があるが、社会生活・日常生活に支障ない。
2.食物形態の工夫や、食事時の道具の工夫を必要とする。
3.食事・栄養摂取に何らかの介助を要する。
4.補助的な非経口的栄養摂取(経管栄養、中心静脈栄養など)を必要とする。
5.全面的に非経口的栄養摂取に依存している。

呼吸 (R)
0.症候なし。
1.肺活量の低下などの所見はあるが、社会生活・日常生活に支障ない。
2.呼吸障害のために軽度の息切れなどの症状がある。
3.呼吸症状が睡眠の妨げになる、あるいは着替えなどの日常生活動作で息切れが生じる。
4.喀痰の吸引あるいは間欠的な換気補助装置使用が必要。
5.気管切開あるいは継続的な換気補助装置使用が必要。
 
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。
令和3年11月1日

情報提供者
研究班名 遺伝性白質疾患・知的障害をきたす疾患の診断・治療・研究システム構築班
研究班名簿 研究班ホームページ
情報更新日 令和3年11月(名簿更新:令和5年6月)