慢性血栓塞栓性肺高血圧症(指定難病88)

まんせいけっせんそくせんせいはいこうけつあつしょう
 

(概要、臨床調査個人票の一覧は、こちらにあります。)

1. 慢性血栓塞栓性肺高血圧症とは?

人間が生きるためには、きちんと「呼吸」をして「大気中の酸素」を肺から体の中に取り込む必要があります。しかし、「呼吸」するだけでは体の中に酸素は取り込めません。「肺から取り込んだ酸素」を、心臓に一度戻して、さらに全身に送る必要があります。
血栓症 」は血管の中に血の固まりができることです。「 塞栓症 」は血栓の一部が剥離して遠くに運ばれ、その部位に塞栓ができることです。心臓から肺に血液を送るための血管を「肺動脈」といいます。この肺動脈に血栓ないしは塞栓ができて、肺動脈の圧力(血圧)が異常に上昇するのが「慢性血栓塞栓性 肺高血圧 症(CTEPH)」です。肺動脈の圧力が上昇する理由は、血栓ないしは塞栓が、肺の太い血管、さらには細い血管につまり、異常に狭くなり、また固くなるために、血液の流れが悪くなるからです。必要な酸素を体に送るためには、心臓から出る血液の量を一定以上に保つ必要があります。狭い細い血管を無理に血液を流すように心臓が努力するために、肺動脈の圧力(血圧)が上昇します。しかし、何故このような病気が起こるのかは解明されていません。この病気の原因解明が必要であり、有効な治療法の研究開発のため、「慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)」は「難治性呼吸器疾患(指定難病)」に認定されています。
この病気の最初の認定のためには、「 右心カテーテル 検査」を受ける必要があります。肺動脈平均圧が25 mmHg以上であり、さらに、「肺血流シンチグラム」、「肺動脈造影ないしは胸部造影CT」という検査で、肺血栓塞栓症であることを確認する必要があります。この病気は難治性ですが、この病気であることの診断が付いた場合には、「専門医による適切な治療(肺動脈血栓内膜摘除術など)」を受けることにより、体を動かす時の息苦しさが改善するなど、自覚症状の改善が得られる場合があります。

2. この病気の患者さんはどのくらいいるのですか?

「難治性呼吸器疾患・肺高血圧症に関する調査研究班」による調査では、慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)の患者数は4,608名(2020年度)です。平成20年度に特発性慢性肺血栓塞栓症(肺高血圧型)から、現在の慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)に病名が変更、その後認知度が適切に上がったと推測され、患者数の増加割合が明らかに増加している。

3. この病気はどのような人に多いのですか?

「難治性呼吸器疾患・肺高血圧症に関する調査研究班」による調査では、女性患者さんが男性患者さんの3倍程度です。加齢と共に発症は増え、70歳代がピークになっていますが、80歳代の患者さんも目立ちます。2016年度の臨床調査個人票データを用いての解析が最新データですが、明らかに女性優位の病気です。

4. この病気の原因はわかっているのですか?

「急性肺血栓塞栓症」は、突然に息が苦しくなる、胸が痛くなるという自覚症状が出現する病気です。肺動脈に急に血栓ないしは塞栓症ができ、血液の流れが遮断され、心臓に過大な負担がかかり、全身に酸素が送れなくなるため息苦しくなります。急性肺血栓塞栓症は、血栓ないしは塞栓が溶ければ、改善することもありますが、改善しなければ突然に死亡することもある病気です。この「急性肺血栓塞栓症」の患者さんの3%程度が「慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)」になると考えられています。しかし、「慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)」の患者さんの中には、「急性肺血栓塞栓症」を経験した記憶の無い患者さんが半数以上にみられます。血管の中の血液が固まりやすくなる(凝固異常)、できた血栓が溶けにくくなる(線溶系異常)が、原因になる場合もありますが、頻度は極めて稀です。
肺動脈には多くの枝がありますが、その中のどの程度の血管に血栓、塞栓ができるかが、肺高血圧症成立の要因として重要です。血栓ないしは塞栓が繰り返し起こること、肺動脈の血管の壁での血栓が大きくなること、さらに肺血管の構造の変化(血管が硬くなる、広がりにくくなる)が、「慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)」になる原因として考えられています。日本では、欧米の患者さんとは異なる原因でこの病気になる、中高年の女性で、血管の 炎症 と関連する患者さんがみられことが特徴とされています。
 

5. この病気は遺伝するのですか?

先天的な凝固を抑制する因子(アンチトロンビン、プロテインS、プロテインC)の欠乏のため様々な血栓を起こしやすい家系の方に、発症する場合もありますが、基本的には遺伝しません。
 

6. この病気ではどのような症状がおきますか?

自覚症状として「慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)」だけに特別なものはありません。この病気は肺の血管に異常が生じるため、心臓に多大な負担がかかり、結果として「全身への酸素供給がうまくいかなくなる病気」です。初期は、安静時の自覚症状はありません。しかし、体を動かす時に、ヒトはより多くの酸素が必要になります。この酸素の供給が十分にできなくなるのが、「慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)」であり、病気がある程度進行すると、それによる症状が出現します。すなわち、体を動かす時に息苦しく感じる、すぐに疲れるなどの症状が現れます。病気が進むと、「心臓の機能がより低下」するために、足がむくむ、少し体を動かしただけでも息苦しいなどの症状が出現します。
肺の血栓、塞栓が繰り返しできる患者さんでは、突然の軽度の息苦しさや胸痛といった症状が繰り返し起こっている場合がありますが、それほど 重篤 な症状でないために、そのままになっている場合が多く見られます。一方、徐々に動く時の息苦しさの程度が強くなってくるタイプの患者さんもいます。慢性的な酸素不足になり、 右心不全 症状を来たすと、体重が増える(体の中に水分が貯留する)、足がむくむなどがみられます。足の深部静脈血栓症を合併している患者さんでは、足が腫れたりとか、痛むなどの症状が出現する場合もあります。
 

7. この病気にはどのような治療法がありますか?

「慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)」でも、動く時の息苦しさが以前よりも強くなってきている場合には、血栓、塞栓の範囲がさらに広がっている状態が想定されますので、急いで治療を受ける必要があります。慢性の安定期で、症状に大きな変化がない時には、さらなる血栓の予防のために、抗凝固薬(ワルファリンなど)の服用を続ける必要があります。
動く時に息苦しさを感じており、血栓ができている部位が太めの肺動脈にあり、手術的にその血栓を摘除可能な患者では、肺動脈血栓内膜摘除術が推奨されています。しかし、手術では血栓がとれないような場所(肺動脈の細い枝)に血栓がある患者さんでは、可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)刺激薬である「リオシグアト」とプロスタサイクリン受容体(IP受容体)作動薬である「セレキシパグ」という肺血管拡張薬が承認されています。その他の肺血管拡張薬も使用される場合もありますが、その意義は定まっておらず、臨床試験への参加が推奨されます。肺動脈末梢の血栓塞栓症に対して、日本のいくつかの専門施設では、バルーンによる カテーテル治療 が行われ、良好な成績が得られています。
酸素不足に対しては 在宅酸素療法 、右心不全に対しては利尿薬、血栓再発例では下大静脈フィルターの挿入も考えられますが、いずれも専門医との相談が必要になります。
 

8. この病気はどういう経過をたどるのですか?

「慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)」は、肺動脈の血液の流れが障害される病気ですので、必ず心臓(右心室;肺へ向かう血液を送り出す心臓の部屋)に負担がかかります。右心室の壁が厚くなり、右心室の大きさが拡大し、右心室の機能が低下するため十分な血液が送り出せなくなります。さらに右心室が拡大するため、左心室の大きさが相対的に小さくなります。「慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)」に必ず伴う合併症は、心不全(右心不全)です。但し、潜在的な右心不全(症状がまだでない)という段階から、明らかに症状が出現する場合まで、程度は様々です。右心不全を起こすと、足がむくんだり、動く時に息苦しくなりますが、心機能障害の程度と自覚症状は必ずしも一致しません。一部の患者さんで、足の深部静脈血栓症を合併している患者さんでは、足が腫れたりとか、痛むなどの症状が出現する場合もあります。
このような自然経過を回復させる、ないしは良い状態を維持するための治療法が、外科的手術、内科的治療になります。
 

9. この病気は日常生活ではどのような注意が必要ですか?

まず、慢性肺血栓塞栓症の診断が第一です。「慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)」の診断が付けば、抗凝固薬(ワルファリンなど)の服用を適正に続ける必要があります。
 

10. 次の病名はこの病気の別名又はこの病気に含まれる、あるいは深く関連する病名です。 ただし、これらの病気(病名)であっても医療費助成の対象とならないこともありますので、主治医に相談してください。

該当する病名はありません。

11. この病気に関する資料・リンク

 

慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)診療ガイドライン2022
http://jpcphs.org/pdf/guideline/cteph_guideline2022.pdf


肺高血圧症の診療を実施している施設紹介
http://jpcphs.org/hospitalinfo/



情報提供者
研究班名 難治性呼吸器疾患・肺高血圧症に関する調査研究班
研究班名簿 研究班ホームページ
情報更新日 令和5年12月(名簿更新:令和5年6月)