原発性抗リン脂質抗体症候群(指定難病48)

げんぱつせいこうりんししつこうたいしょうこうぐん
 

(概要、臨床調査個人票の一覧は、こちらにあります。)

○ 概要
 
1.概要
抗リン脂質抗体(aPL)には、抗カルジオリピン抗体(aCL)、ループス抗凝固因子(LAC)、ワッセルマン反応(STS)偽陽性などが含まれるが、これらの抗体を有し、臨床的に動・静脈の血栓症、血小板減少症、習慣流産・死産・子宮内胎児死亡などをみる場合に抗リン脂質抗体症候群(APS)と称せられる。全身性エリテマトーデス(SLE)を始めとする膠原病や自己免疫疾患に認められることが多いが(続発性)、原発性APSも存在する。また、多臓器梗塞を同時にみる予後不良な病態は、劇症型抗リン脂質抗体症候群(catastrophic APS)と称せられる。原因は未だ不明である。
 
2.原因
aPLはAPTTの延長をもたらすが、臨床的には凝固亢進し、血栓症を来す。その機序は不明であるがいくつかの仮説が出されている。それらは、1.リン脂質依存性凝固反応を抑制的に制御しているβ 2グリコプロテインIを阻害する、2.プロテインCの活性化を阻害する、3.血管内皮細胞上のトロンボモジュリンやヘパラン硫酸を阻害ないし障害する、4.凝固抑制に働く血管内皮細胞からのプロスタサイクリン産生を抑制する、5.血管内皮細胞からのフォンウィルブランド(von Willebrand)因子やプラスミノゲンアクティベータインヒビターの産生放出を増加させる、などである。
 
3.症状
aPLは、動静脈血栓症、自然流産・習慣流産・子宮内胎児死亡、血小板減少症などと相関する。また、クームス抗体陽性をみる自己免疫性溶血性貧血やEvans症候群をみることもある。関連する主な症状を表1に示す。これらは、SLEや自己免疫疾患に限らず幅広い疾患にまたがって認められる。急速に多発性の臓器梗塞を来すcatastrophic APSでは、強度の腎障害、脳血管障害、ARDS様の呼吸障害、心筋梗塞、DlCなどの重篤な症状をみる。
 
抗リン脂質抗体症候群にみられる症状
①血栓症
<静脈系>
血栓性静脈炎、網状皮斑、下腿潰瘍、網膜静脈血栓症、肺梗塞・塞栓症、血栓性肺高血圧症、バッド・キアリ(Budd-Chiari)症候群、肝腫大など。
<動脈系>
皮膚潰瘍、四肢壊疸、網膜動脈血栓症、一過性脳虚血発作、脳梗塞、狭心症、心筋梗塞、疣贅性心内膜炎、弁膜機能不全、腎梗塞、腎微小血栓、肝梗塞、腸梗塞、無菌性骨壊死など。
②習慣流産、自然流産、子宮内胎児死亡
③血小板減少症
④その他      
自己免疫性溶血性貧血、エヴァンズ(Evans)症候群、頭痛、舞踏病、血管炎様皮疹、アジソン病、虚血性視神経症など。
 
4.治療法
血栓性APSに対しては抗血栓療法が主体となる。抗血栓療法は、抗血小板剤(低容量アスピリン、塩酸チクロピジン、ジピリダモール、シロスタゾール、プロスタグランジン製剤など)、抗凝固剤(ヘパリン、ワルファリンなど)、線維素溶解剤(ウロキナーゼなど)などを含み、病態に応じ選択される。産科的APS(不育症)に対しては、アスピリンとヘパリンの併用がおこなわれる。
副腎皮質ステロイドと免疫抑制薬は、基礎疾患にSLEなどの自己免疫疾患がある場合や、catastrophic APSなどに併用される。これらの免疫抑制療法はaPLの抗体価を低下させるが、副腎皮質ステロイドの高用量投与は易血栓性をみるため注意が必要である。その他、病態に応じ血漿交換療法やガンマグロブリン大量静注療法が併用される。
 
5.予後
予後は、侵される臓器とその臨床病態による。多臓器梗塞をみるcatastrophic APSは予後不良である。
 
○ 要件の判定に必要な事項
1.患者数(令和元年度医療受給者証保持者数)
636人
2.発病の機構
不明
3.効果的な治療方法
未確立(根治療法なし。)
4.長期の療養
必要(継続した治療が必要で障害を残しうる。)
5.診断基準
あり(2006年の国際抗リン脂質抗体会議による抗リン脂質抗体症候群の分類基準(2006年札幌クライテリアシドニー改変) の診断基準)
6.重症度分類
抗リン脂質抗体症候群の重症度分類を用いて3度以上を対象とする。
 
○ 情報提供元
「自己免疫疾患に関する調査研究班」
研究代表者 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 生涯免疫難病講座 教授 森雅亮 
 
 
 
 
<診断基準> 
Definiteを対象とする。 
 
A.臨床基準 
1.血栓症 
画像診断、あるいは組織学的に証明された明らかな血管壁の炎症を伴わない動静脈あるいは小血管の血栓症 
・いかなる組織、臓器でもよい
・過去の血栓症も診断方法が適切で明らかな他の原因がない場合は臨床所見に含めてよい
・表層性の静脈血栓は含まない
2.妊娠合併症 ①~③のいずれかを認める。
①妊娠10週以降で、他に原因のない正常形態胎児の死亡、
②(i)子癇、重症の妊娠高血圧腎症(子癇前症)、若しくは
(ii)胎盤機能不全による妊娠34週以前の正常形態胎児の早産
③3回以上つづけての、妊娠10週以前の流産(ただし、母体の解剖学的異常、内分泌学的異常、父母の染色体異常を除く。)

B.検査基準
1. International Society of Thrombosis and Hemostasisのガイドラインに基づいた測定法で、ループスアンチコアグラントが12週間以上の間隔をおいて2回以上検出される。
2. 標準化されたELISA法・化学発光免疫測定法において、中等度以上の力価の(>40 GPL or MPL、又は>99パーセンタイル) IgG型又はIgM型のaCLが12週間以上の間隔をおいて2回以上検出される。
3. 標準化されたELISA法・化学発光免疫測定法において、中等度以上の力価 (>99パーセンタイル)のIgG型又はIgM型の抗β 2グリコプロテインI抗体が12週間以上の間隔をおいて2回以上検出される。

<診断のカテゴリー>
Definite: Aの1、2のいずれか1項目以上を認め、かつBの1~3のいずれか1項目以上を満たすとき。

<重症度分類>
3度以上を対象とする。

1度:治療を要さない、かつ臓器障害がなくADLの低下がない。
・抗血小板療法や抗凝固療法は行っておらず、過去一年以内に血栓症の新たな発症がない場合。
・妊娠合併症の既往のみで血栓症の既往がない場合。
・血栓症の既往はあるが臓器障害は認めず、日常生活に支障がない。

2度:治療しているが安定、かつ臓器障害がなくADL低下がない。
・抗血小板療法や抗凝固療法を行っており、過去一年以内に血栓症の新たな発症がない場合血栓症の既往はあるが臓器障害は認めず、日常生活に支障がない。


3度:治療にもかかわらず再発性の血栓症がある、又は軽度の臓器障害やADLの低下がある。
・再発性の血栓症:抗血小板療法や抗凝固療法を行っているにもかかわらず、過去一年以内に新たな血栓症を起こした場合
・軽度の臓器障害:APSによる永続的な臓器障害(脳梗塞、心筋梗塞、肺梗塞、腎障害、視力低下や視野異常など)があるもののADLの低下がほとんどない場合

4度:以下の①~③のいずれか1つ以上を認める。
①抗リン脂質抗体関連疾患に対する治療中、②妊娠管理中、③中等度の臓器障害がありADLの低下がある。
・抗リン脂質抗体関連疾患:診断が確定されたAPSに加えて、抗リン脂質抗体関連の血小板減少、神経障害などに対する免疫抑制療法を継続している場合。
・妊娠管理:過去一年以内に妊娠中の血栓症の予防や妊娠合併症の予防目的に抗血小板療法や抗凝固療法を行っている場合
・中等度の臓器障害:APSによる永続的な重要臓器障害(脳梗塞、心筋梗塞、肺梗塞、腎障害、視力低下や視野異常など)がありADLの低下がある場合

5度:以下の①~④のいずれか1つ以上を認める。
①劇症型APS、②新規ないし再燃した治療を要する抗リン脂質抗体関連疾患、③治療中の妊娠合併症、④重度の臓器障害によるADLの低下がある。
・劇症型APS:過去一年以内に発症し、集学的治療を必要とする場合
・抗リン脂質抗体関連疾患:診断が確定されたAPSに加えて、過去一年以内に抗リン脂質抗体関連の血小板減少、神経障害などに対する免疫抑制療法を開始した場合あるいは再燃により治療を強化した場合
・妊娠合併症:過去一年以内に妊娠高血圧症候群などの妊娠合併症に対して治療を必要とした場合
・重度の臓器障害:APSによる永続的な重要臓器障害(脳梗塞、心筋梗塞、肺梗塞、腎障害、視力低下や視野異常など)により介助が必要となるなど、著しいADLの低下がある場合
 
 
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。
 

令和6年4月1日

    1. Miyakis S et al, International consensus statement on an update of the classification criteria for definite antiphospholipid syndrome (APS). J Thromb Haemost. 2006
    2. Cervera R et al,Antiphospholipid syndrome: clinical and immunologic manifestations and patterns of disease expression in a cohort of 1,000 patients.
      Arthritis Rheum. 2002
    3. Cervera R et al, Morbidity and mortality in the antiphospholipid syndrome during a 10-year period: a multicentre prospective study of 1000 patients. Ann Rheum Dis. 2014
情報提供者
研究班名 自己免疫疾患に関する調査研究班
研究班名簿 
情報更新日 令和6年4月(名簿更新:令和5年6月)