難病患者に対する非薬物的介入の アウトカム研究

研究班名簿
一般利用者向け   医療従事者向け

1. アウトカムとは

薬物や手術、リハビリテーションなどの医療介入を行った場合におこる結果のことをアウトカムと呼びます。従来は疾病罹患率、死亡率、治癒率などがアウトカムとされてきましたが、いわゆる難病のように、直ちに不幸な転帰に結びつくことはないけれども治癒することも難しい疾病においては、これらの指標だけでは不十分です。難病患者さんのアウトカムを評価するには、日常生活動作の障害度や、社会参加の制限度に加えて、患者さんが感じているQOL (quality of life:生活の質)など、総合的な健康度を見ていくことが必要です。

2. 健康を評価する尺度の特徴

患者さんが感じている健康状態は、「尺度」と呼ばれるアンケートによって測定されます。たとえば健康状態を尋ねるアンケートで、「1. 悪い」「2. 普通」「3. 良い」の3つから選ぶとして、これらの間には順番がありますが、「3. 良い」は「1. 悪い」の3倍の健康状態ではありません。また「1. 悪い」「2. 普通」の間隔と、「2. 普通」「3. 良い」の間隔が等しいかどうかは分かりません。このような尺度を順序尺度といい、健康評価尺度の多くは順序尺度です。身長や体重、あるいは物理的現象が、「長さ」「質量」「時間」とそれらの組合せによって計測できるのに対して、健康状態は一つの概念であり、かつ「身体的健康」「精神的健康」のように複数の因子から構成されます。そのため、健康状態を測定する尺度は、単なるアンケートではなく、ものさしとしての機能を持っているかどうかを科学的に検証したものが使用されます。

3. 健康評価尺度に求められるもの

1)妥当性

尺度が測りたいものを的確に測定しているかどうかを表す言葉です。たとえば、身長(測りたいもの)を測定するのに体重計(尺度)を使うことは妥当ではありません。ある尺度が測りたいものを測れているかどうか、さまざまな方法で検証されます。

2)信頼性

繰り返し測定したり別の人が測定したりしたときにも安定した結果が得られる程度を表す言葉です。

4. 妥当性と信頼性の検証された健康評価尺度にはどのようなものがあるか

1)日常生活活動(動作)(activities of daily living, ADL)

国際的に用いられ、日本でも普及している基本的ADLの尺度はFIM (functional independence measure)とBarthel Indexの2つです。FIMは運動項目13項目と認知項目5項目の計18項目からなり、各項目を全介助1点から自立7点までの7段階で評価します。Barthel Indexは身辺動作10項目からなり、各項目は2~3段階で評価され、合計点は0(全介助)~100点(自立)の値をとります。

2)包括的QOL尺度

包括的QOL尺度は、すべての疾患や健康人に共通の要素を測定する尺度であり、SF-36(MOS short-form 36-item health survey)とSIP (sickness impact profile)が有名です。SF-36は、36個の質問から成り、8領域について国民標準値に基づきスコアリングされる。SIPは136項目に「はい」「いいえ」で回答し、身辺動作から家事、娯楽まで12の領域が測定されます。

5. 患者の物語りに基づく医療とコーチング

QOL尺度で測定した得点が2人の患者さんで同じであったとしても、それぞれの「生活の質」は全く個別的です。個別性は患者さんの語る物語りの中にあり、それを医療行為の基盤に据えることを narrative-based medicine(NBM)と呼びます。また患者さんの物語りのように定量化できない材料を分析する研究を質的研究といいます。ある医療行為の有効性を検討する際には、尺度による量的な研究だけではなく、質的研究の方法も重要です。
患者さんの物語りを丁寧に聞き分けて、有効な質問やフィードバックをしながら、患者さんが目標を持ち、現実に対処する(コーピング)能力を高めることを支援する技術として「コーチング」が注目されています。コーチングは1980年代にアメリカでスポーツ、ビジネス、教育、個人的成長などの分野に導入されて大きな成果を発揮したコミュニケーション形態です。日本には1996年に導入され、ビジネス分野のみならず医療分野でも注目を集めて始めています。
コーチングでは、コーチとクライアント(たとえば医師と患者)とが対等な関係で交す会話を通して、現状と目標を明らかにし、両者のギャップを埋めるために必要なスキルや環境をクライアントが整えられるようにします。

6. 神経難病患者に対するコーチング介入効果に関する研究

1)目的

コーチングは、相手の自発的な行動を促進するコミュニケーション技術として多分野で成果を挙げていますが、医療分野で効果があるかどうかはよくわかっていません。私たちは、脊髄小脳変性症患者に対するコーチング介入が、患者さんの健康関連QOLや病気への心理的適応に与える影響を検討することを目的として研究を行いました。

2)対象と方法

研究に参加する人は、大学病院神経内科に通院している20~65歳の脊髄小脳変性症患者さんで確定診断後6か月以上経過し、身辺動作が自立しており、うつ病などの精神疾患がない方としました。研究参加への同意の得られた24人を、無作為にコーチング介入群と待機群(3か月待機期間終了後にコーチングを受ける)に割付け、介入群には3か月間のコーチングを実施しました。介入は15~30分間の電話によるコーチングを週1回行い、介入前後にアンケートに答えてもらいました。アンケートにはQOL(SF-36:身体機能、日常役割機能、身体の痛み、社会生活機能、全体的健康感、活力、日常役割機能(精神)、心の健康)、 心理的適応(NAS-J:不安・うつ、自尊感情、疾患への態度、ローカスオブコントロール、疾患の受容、自己効力感)が含まれており、その変化を介入群と待機群を比較することによって、コーチングの効果を検討しました。

3)結果

現段階で終了した対象者(各群8人)の解析では、両群に性、年齢、SF-36、NAS-Jの研究開始時点の得点ではほとんど差がみられませんでした。3ヵ月後の結果では、待機群に比較して介入群において「全体的健康感」「疾患の受容」「自己効力感」が高まる傾向が見られました。

4)結論

結論は最終結果を待たねばならなりませんが、コーチング介入は患者さんのQOLや心理的な適応を高める効果があるかもしれません。また、量的な変化だけでなくコーチング記録の質的な検討をも考慮する必要があると思われます。

情報提供者
研究班名特定疾患の質的評価に関する研究班(政策研究)
情報更新日平成17年4月28日