多発性硬化症/視神経脊髄炎(指定難病13)

たはつせいこうかしょう/ししんけいせきずいえん
 

(概要、臨床調査個人票の一覧は、こちらにあります。)

○ 概要
 
1.概要
多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)は、中枢神経系の慢性炎症性脱髄疾患であり、時間的・空間的に病変が多発するのが特徴である。通常、詳細な病歴聴取や経時的な神経学的診察により時間的・空間的な病変の多発性を証明し、他の疾患を否定することで診断が確定する。
一方、主として視神経と脊髄に由来する症候を呈する視神経脊髄炎(Neuromyelitis Optica Spectrum Disorders:NMOSD)は血清中に存在するアクアポリン4(AQP4)抗体が関与する炎症性脱髄疾患であり、特徴的な中枢神経症状と血清中のAQP4抗体を同定することで診断が確定する。
中枢神経の炎症性脱髄疾患で脳内に同心円状病変を呈するものをBaló病(バロー同心円硬化症)と呼ぶ。
 
2.原因
MSの原因はいまだ明らかではないが、病巣にリンパ球やマクロファージの浸潤があり、自己免疫機序を介した炎症により脱髄が起こると考えられる。また、人種差があることなどから遺伝要因や環境因子の関与の指摘もあるが明確になっていない。NMOSDについては、AQP4抗体が補体依存性にアストロサイトを傷害する病態機序が考えられている。
 
3.症状
MSの全経過中にみられる主たる症状は、視力障害、複視小脳失調、四肢の麻痺(単麻痺、対麻痺、片麻痺)、感覚障害、膀胱直腸障害、歩行障害、有痛性強直性痙攣等であり、病変部位によって異なる。この他、MSに特徴的な症状としてUhthoff(ウートフ)徴候がある。これは、体温の上昇に伴って神経症状が悪化し、体温の低下により元に戻るものである。NMOSDの視神経炎は、重症で、脊髄炎は横断性のことが多い。また、延髄病変による難治性吃逆や嘔吐など脳病変による症状も起こることがある。
 
4.治療法
MSの治療は急性増悪期の治療、再発防止及び進行防止の治療、急性期及び慢性期の対症療法、リハビリテーションからなる。
MSの急性期には、ステロイド大量点滴静注療法(パルス療法と呼ぶ)や、血漿浄化療法を施行する。特に抗AQP4抗体陽性NMOSDでは血漿浄化療法が有用なことが多い。
MSの再発を確実に防止する方法はまだないが、本邦で認可されている再発予防薬としてインターフェロンβ注射薬、フィンゴリモド、ナタリズマブ、グラチラマー酢酸塩、フマル酸ジメチル、シポニモド、オファツムマブがある。NMOSDの再発予防に認可されている治療薬としてエクリズマブ、サトラリズマブ、イネビリズマブがある。MS、NMOSDの急性期、慢性期には種々の対症療法が必要となる。リハビリテーションは多発性硬化症の回復期から慢性期にかけての極めて重要な治療法である。
 
 
5.予後
MSは若年成人を侵し再発寛解を繰り返して経過が長期にわたる。視神経や脊髄、小脳に比較的強い障害が残り、ADLが著しく低下する症例が少なからず存在する。NMOSDでは、より重度の視神経、脊髄の障害を起こすことが多い。
 
○ 要件の判定に必要な事項
1.患者数(令和元年度医療受給者証保持者数)
19,978人
2.発病の機構
不明(自己免疫機序を介した炎症により脱髄が起こると考えられている。)
3.効果的な治療方法
未確立(根治療法なし。)
4.長期の療養
必要(再発寛解を繰り返し慢性の経過をとる。)
5.診断基準
あり
6.重症度分類
総合障害度(EDSS)に関する評価基準を用いてEDSS4.5以上、又は視覚の重症度分類においてII度、III度、IV度の者を対象とする。
 
○ 情報提供元
「神経免疫疾患のエビデンスに基づく診断基準・重症度分類・ガイドラインの妥当性と患者QOLの検証」班
研究代表者 千葉大学大学院医学研究院 脳神経内科学 教授 桑原 聡
研究分担者 東北医科薬科大学医学部 老年神経内科学 教授 中島一郎
 
<診断基準>
多発性硬化症/視神経脊髄炎
 
1.多発性硬化症(MS)
中枢神経内に時間的空間的に病変が多発する炎症性脱髄疾患である。
A)再発寛解型MSの診断
下記のa)あるいはb)を満たすこととする。
a)中枢神経内の炎症性脱髄に起因すると考えられる臨床的発作が2回以上あり、かつ客観的臨床的証拠がある2個以上の病変を有する。ただし、客観的臨床的証拠とは、医師の神経学的診察による確認、過去の視力障害の訴えのある患者における視覚誘発電位(VEP)による確認あるいは過去の神経症状を訴える患者における対応部位でのMRIによる脱髄所見の確認である。
b)中枢神経内の炎症性脱髄に起因すると考えられ、客観的臨床的証拠のある臨床的発作が少なくとも1回あり、さらに中枢神経病変の時間的空間的な多発が臨床症候あるいは以下に定義されるMRI所見により証明される。
 
MRIによる空間的多発の証明:
4つのMSに典型的な中枢神経領域(脳室周囲、皮質もしくは皮質直下、テント下、脊髄)のうち少なくとも2つの領域にT2病変が1個以上ある(造影病変である必要はない。症候性の病変も含める)。
MRIによる時間的多発の証明:
無症候性のガドリニウム造影病変と無症候性の非造影病変が同時に存在する(いつの時点でもよい。)。あるいは基準となる時点のMRIに比べてその後(いつの時点でもよい。)に新たに出現した症候性または無症侯性のT2病変及び/あるいはガドリニウム造影病変がある。
 
発作(再発、増悪)とは、中枢神経の急性炎症性脱髄イベントに典型的な患者の症候(現在の症候あるいは1回は病歴上の症候でもよい)であり、24時間以上持続し、発熱や感染症がない時期にもみられることが必要である。突発性症候は、24時間以上にわたって繰り返すものでなければならない。独立した再発と認定するには、1か月以上の間隔があることが必要である。
ただし、診断には、他の疾患(※)の除外が重要である。特に、小児の急性散在性脳脊髄炎(ADEM)が疑われる場合には、上記b)は適用しない。
 
B)一次性進行型MSの診断
1年間の病状の進行(過去あるいは前向きの観察で判断する。)及び以下のa)、b)、c)の3つの基準のうち2つ以上を満たす。a)とb)のMRI所見は症候性病変である必要はない
a)脳に空間的多発の証拠がある(MSに特徴的な脳室周囲、皮質もしくは皮質直下あるいはテント下に1個以上のT2病変がある)。
b)脊髄に空間的多発の証拠がある(脊髄に2個以上のT2病変がある)。
c)等電点電気泳動法によるオリゴクローナルバンド陽性
ただし、他の疾患(※)の厳格な鑑別が必要である。
 
C)二次性進行型MSの診断
再発寛解型としてある期間経過した後に、明らかな再発がないにもかかわらず病状が徐々に進行する。
 
2.視神経脊髄炎(NMOSD)
歴史的にはデビック(Devic)病とも呼ばれ、重症の視神経炎と横断性脊髄炎を特徴とする。視神経炎は失明することもまれではなく、視交叉病変により両眼性視覚障害を起こすこともある。また、脊髄炎は、MRI矢状断ではしばしば3椎体以上に及ぶ長い病変を呈し、軸位断では慢性期には脊髄の中央部に位置することが多い。アクアポリン4抗体(AQP4抗体)はNMOSDに特異的な自己抗体であり、80%以上の症例で陽性である。
NMOSDの診断基準として2015年のWingerchukらによるInternational Panelの基準が広く用いられている。

A) AQP4抗体陽性NMOSDの診断基準 a、b、cの全てを満たす
a. 主要臨床症候(①~⑥)のうち1つ以上の症候がみられる
b. AQP4抗体の検査結果が陽性
c. 他の疾患(※)を除外できる

主要臨床症候
① 視神経炎(ON)
② 急性脊髄炎
③ 最後野症候群(APS):他で説明のつかないしゃっくり又は嘔気及び嘔吐の発作
④ 急性脳幹症候群
⑤ 症候性ナルコレプシー、又はNMOSDに典型的な間脳のMRI病変を伴う急性間脳症候群
⑥ NMOSDに典型的な脳のMRI病変を伴う症候性大脳症候群

B) AQP4抗体陰性・未測定のNMOSDの診断基準 a、b、cの全てを満たす
a. 主要臨床症候(①~⑥)のうち2つ以上の症候がみられる
(ア) 主要臨床症候の1つ以上はON、縦長横断性脊髄炎(LETM)を伴う急性脊髄炎、又はAPSであること
(イ) 空間的多発性が証明されること(主要臨床症候が2種類以上あること)
(ウ) 各主要臨床症候がMRI追加必要条件(*)を適宜満たすこと
b. 実施可能な最良の手法を用いたAQP4抗体検査結果が陰性であるか、抗AQP4抗体検査を実施不可能
c. 他の疾患(※)を除外できる

* AQP4抗体陰性・未測定のNMOSDのMRI追加必要条件
① 急性ON:(a)脳MRIの所見が正常であるか非特異的白質病変のみを認める、又は(b)視神経MRIのT2強調画像で高信号となるか、T1強調ガドリニウム造影画像で造影される病変が、視神経長の1/2を超えるか視交叉に及ぶ
② 急性脊髄炎:3椎体以上連続の髄内病変(LETM)又は3椎体以上連続の脊髄萎縮のMRI所見
③ APS:延髄背側/最後野の病変を伴う
④ 急性脳幹症候群:脳幹の上衣周囲に病変を認める
 
3.Baló病(バロー同心円硬化症)
急性・亜急性の大脳症状を呈する炎症性疾患のうち大脳病変の病理または脳MRIにて同心円状病巣が確認できるものをいう。
 
 
※多発性硬化症/視神経脊髄炎との鑑別を要する他の疾患 
1.腫瘍 2.梅毒 3.脳血管障害 4.頸椎症性ミエロパチー 5.急性散在性脳脊髄炎(ADEM) 6.脊髄空洞症 7.脊髄小脳変性症 8.HTLV-1 関連脊髄症(HAM) 9.膠原病(全身性エリテマトーデス、シェーグレン症候群など) 10.神経ベーチェット 11.神経サルコイドーシス 12.ミトコンドリア脳筋症 13.進行性多巣性白質脳症 
 
 
 
<重症度分類>
総合障害度(EDSS)に関する評価基準を用いてEDSS4.5以上、又は視覚の重症度分類においてII度、III度、IV度の者を対象とする。
<総合障害度(EDSS)の評価基準>EDSS4.5以上を対象とする。

 

*他に精神機能は1(FS)でもよい **非常に希であるが錐体路機能5(FS)のみ
 
<EDSS評価上の留意点>
○EDSSは、多発性硬化症により障害された患者個々の最大機能を、神経学的検査成績をもとに評価する。
○EDSS評価に先立って、機能別障害度(FS)を下段の表により評価する。
○EDSSの各グレードに該当するFSグレードの一般的な組合わせは中段の表に示す。歩行障害がない(あっても>500m歩行可能)段階のEDSSは、FSグレードの組合わせによって規定される。
○FSおよびEDSSの各グレードにぴったりのカテゴリーがない場合は、一番近い適当なグレードを採用する。
  

<参考,機能別障害度(FS:Functional system)の評価基準>
 
 
<視覚の重症度分類>
重症度分類のII度、III度、IV度の者を対象とする。
I度:矯正視力 0.7以上、かつ視野狭窄なし
II度:矯正視力 0.7以上、視野狭窄あり
III度:矯正視力 0.7未満、0.2以上
IV度:矯正視力 0.2未満
注1:矯正視力、視野ともに、良好な方の眼の測定値を用いる。
注2:視野狭窄ありとは、中心の残存視野がゴールドマンI-4視標で20度以内とする。
  
 
※診断基準及び重症度分類の適応における留意事項
1.病名診断に用いる臨床症状、検査所見等に関して、診断基準上に特段の規定がない場合には、いずれの時期のものを用いても差し支えない(ただし、当該疾病の経過を示す臨床症状等であって、確認可能なものに限る。)。
2.治療開始後における重症度分類については、適切な医学的管理の下で治療が行われている状態であって、直近6か月間で最も悪い状態を医師が判断することとする。
3.なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要なものについては、医療費助成の対象とする。
 

令和6年4月1日

情報提供者
研究班名 神経免疫疾患領域における難病の医療水準と患者のQOL向上に資する研究班
研究班名簿 
情報更新日 令和6年4月(名簿更新:令和5年6月)