重症難病患者の地域医療体制の 構築に関する研究班

研究班名簿
一般利用者向け   医療従事者向け

1. 研究の目的

個々の特定疾患については原因となる遺伝子変異の発見による原因究明やそれらに基づく新しい治療法の開発など現在までに膨大な研究業績が蓄積されつつあり、大きな進展が認められる。しかしながら根本的治療と後遺症の軽減についての成果はまだ不十分な特定疾患も多く存在し、罹患した患者の多くは高度障害と社会的不利益を負っている。そのような高度の不利益をもつ患者が社会で安定した生活ができるためには医療サービス体制と社会療養環境が整備され、地域で包括的な生活支援体制が確立されることが不可欠である。

本研究班は、重度難病患者が現に直面している療養上の問題点を明らかにし、分担研究者の所属するモデル地域でその解決方策を研究する。研究の成果は患者の立場から客観的に検証し、有効な方策は全国都道府県で実施できるために必要な政策の提言を行うことを目標とする。

主な研究課題を以下に示す。

(1)難病専門医療供給体制の整備(難病医療ネットワークの構築)と情報公開: 分担研究者の地域における重症難病患者に関する医療環境の実態を検討し、特に各都道府県における拠点病院や協力病院などのネットワークの整備状況と在宅医療との連携、また現在の医療体制のなかでのネットワークの問題点を調査する。なかでも神経難病患者の在宅医療を重視した観点から、将来的なネットワークの可能性を検討する。医療体制整備が不十分な地域に対しては研究班が積極的に介入し、難病対策と実際の医療供給体制との調整を図り全国で格差のない研究事業を推進する。

(2)患者個々の支援体制とその検証: 各地域における重症難病患者が直面している療養環境上の問題点を検討する。特に難病患者に関する長期療養の場の確保が困難になりつつある現状での対応や療養生活の質の改善の問題、および災害時における支援体制の問題とそれらの対応策を検討する。また、全国都道府県に設置された難病相談支援センターの活動状況とその問題点を調査し、さらには患者会によるアンケート調査を行うことで、今後の課題を検討する。

(3)プロジェクト研究: 重症難病患者が直面している療養上の問題点のなかで、特に重要度が高く緊急性や実現性が高いものを選び、以下の5つのプロジェクトチームを作っているが、それらの活動の現状と今後の問題点を検討する。

2. 今後の取り組み

重症難病患者の地域支援体制の内容の充実を図るために各地域での取り組みの他に以下の横断的プロジェクト研究を行う。

(1)重症難病患者入院施設確保など医療提供プロジェクト (リーダー:国立病院機構宮城病院 木村 格)

(2)災害時の難病患者に対する支援体制の整備プロジェクト (リーダー:新潟大学神経内科 西澤正豊)

(3)難病医療専門員および相談員による難病相談プロジェクト (リーダー:九州大学神経内科 吉良潤一)

(4)自動痰吸引器の開発および普及プロジェクト (リーダー:大分協和病院 山本 真)

(5)難病に対する遺伝カウンセリング体制の整備 (リーダー:大阪大学臨床遺伝学 戸田達史)

3. 主な研究成果

本研究班は、厚生省平成9年度特定疾患調査研究事業『ALS等神経難病の療養環境整備に関する研究』、平成10年度『神経難病医療情報整備研究班』、平成11年度からの『特定疾患対策の地域支援ネットワークの構築に関する研究』、平成14年度からは『特定疾患の地域支援体制の構築に関する研究班』(主任研究者はいずれも国立宮城病院 木村 格院長)における研究成果をより発展させるために平成17年度から新規に発足した。これまでの研究班での成果は国と都道府県共同事業『重症難病患者入院施設確保事業』 (詳細) として展開し、現在その進捗状況の把握と阻害する原因について調査を行い、それぞれの地域特異性を尊重しながら事業推進を図っている。

平成17年以降の研究成果としては以下の項目が挙げられる

(1)全国医療支援ネットワークの構築に関しては、既に全国の多くの都道府県において、難病医療連絡協議会および難病医療拠点病院を中心とした難病医療ネットワークが構築され (詳細)てきた。各研究班員の所属する地域においては重度難病患者に対する医療ネットワークの充実度は様々であるが、全く医療ネットワークシステムが存在せずかつ難病専門員もいない地域でも最小単位のシステム作りの工夫がみられている。

在宅療養環境の充実に関しては、多方面からの取り組みが重要である。地域の実情を考えつつ患者を中心にすえた療養環境の整備改善は各地域で様々に創意工夫されつつある。なかでもレスパイト入院についての関心が高いが、看護業務への負担度が極めて高いため、県の施策として「重症難病患者一時入院支援事業」として補助金を交付する地域が増加しており、実効が上がりつつある。

三重県では、3年間の時限ではあるが、Ⅰ)人工呼吸器装置に関しては特定疾患患者の一時入院に対して一定額の補助を行う、Ⅱ)重症難病患者通所療養介護施設に難病ケアに必要な医療機器を調弁する、Ⅲ)意志伝達装置の使用サポートを行う等の3事業が始まっている。また、京都府でも従来の「療養見舞金制度」を改め、14~30日の制限はあるが、重症難病患者の一時入院を支援助成する制度および意志伝達装置の貸し出し事業が開始された。この2つの事業は極めて患者・家族の利用希望が高く、将来の発展が期待されている。その他長野県では難病センターに就労関連の相談専属の相談支援員を設置し、その活動が期待されている。

(2)患者個々の支援体制とその検証

診療報酬改定、患者・家族のニーズや地域医療基盤の整備に伴い在宅医療を受けている難病患者の数は確実に増加しており、在宅医療を中心にすえた難病医療ネットワークの構築が重要になってきている。これからのネットワークのイメージとしては、保健師や介護グループと共に病診連携に関る家庭医や地域訪問ステーションの参加が重要視されてきている。家庭医などの無床の診療所に対する病診連携の実態調査では、重症難病患者に関する在宅療養に協力的な診療所は比較的多いことが分かった。今後はこれらの家庭医に対して難病知識の情報を伝達することや、役割に応じて専門病院との「二人主治医制」を活用することが大切と考えられた。

(3)プロジェクト研究

1) 重症難病患者の入院確保など医療提供プロジェクト  

今の医療制度では重症難病患者の入院確保は年々困難になってきており、特に長期入院に関しては極めて難しい状態である。その一方で難病患者の在宅療養での介護者サポートのためのレスパイト入院の希望が増加しているのが現状である。本プロジェクト研究では、これらの問題を含め平成19年度に作成した「難病患者入院施設確保マニュアル」を作成し、これを基に患者・家族、医療や福祉および難病相談支援センター等、それぞれの立場から入院施設の確保の可能性を検討している。 その一方で、すでに全国47都道府県に難病相談・支援センター(詳細)が開設されているが、その内容の約60%が医療や疾患に関することで、相談員と医療ネットワークの専門医との連携が不可避である。そのために、「難病相談支援ドクター」制度を企画し構築している。神経難病に関しては、既に平成21年3月現在約600名の専門医がこの事業に登録し、難病相談支援センターでの相談支援活動に協力する意思を表明しており今後の活動が期待されている。

2) 災害時の難病患者に対する支援体制の整備プロジェクト

大地震をはじめとした重大災害時には社会基盤自体が混乱し、重症難病患者の支援体制は極めて困難になるものと考えられる。本プロジェクトでは、各自治体が重症難病患者に十分配慮した地域防災計画を策定するための指針となる自治体向けマニュアルを平成20年3月に作成した(「災害時難病患者支援計画を作成するための指針」)。 本マニュアルには自治体、保健所、健康福祉センター、患者家族、医療機関、地域の諸機関(消防署、電力・ガス会社を含む)、患者会、難病団体等において(1)平時から準備しておくべき支援体制、(2)個人情報の共有、要支援者リストや地域マップ、(3)災害時における支援体制などが記載されている。また、実用的な基本情報が記入された「緊急時連絡カード」も作成された。

3) 難病医療専門員および相談員による難病相談プロジェクト

重症難病患者の療養には各自治体の難病医療専門員や難病支援相談員が果す役割は極めて大きい。平成19年度までに難病医療専門員や相談員の業務内容、それに相談業務のあり方をガイドラインとしてまとめた(「難病医療専門員による難病患者のための難病相談ガイドブック(平成19年1月刊行 吉良潤一編)」として九州大学出版からも発売されているhttp://www.ajup-net.com/bd/isbn978-4-7985-0039-3.html)。今後はこのガイドラインを活用するとともに内容を検証し、改定作業を行う。

4) 自動痰吸引器の普及ならびに在宅療養改善プロジェクト

重症難病患者の在宅医療を充実させる方策は多くの観点からなされるべきであるが、本研究班のプロジェクト研究としては、重要性や緊急性、かつ実現性の高いものとして自動痰吸引器の開発と普及をプロジェクトテーマとして選んだ。 プロジェクトでは自動痰吸引器の開発を平成11年から行い、吸引ポンプはローラーポンプ式からシリンダー式に変更し、吸引性能と耐久性の向上を図ってきた。また、改良型カフとして内方内側偏位型下方内方吸引孔カフに改善し、現在、薬事承認を得て市場に提供する準備を行っている。

5) 難病に対する遺伝カウンセリング体制の整備

日本神経学会教育施設、教育関連施設での遺伝カウンセリングの実態を調査した結果、今後専門医の増加と体制の整備が必要であることが明らかとなった。この調査結果に基づき、遺伝性難病の支援ネットワークを構築している。

●この研究に直接関連した発表業績

1)糸山泰人(2005) 医療現場から立ち上がった神経難病ネットワークシステム。難病と在宅ケア、 10:21-22

2)木村格、今井尚志、久永欣也、菊池昭夫、松本有史(2006) 神経難病の地域支援ネットワーク。神経内科、 65:549-555

3)中井三智子、成田有吾、杉下知子、林 智世、葛原茂樹(2006) 携帯電話映像通信機能を用いた神経難病患者の在宅療養支援の試み -映像通信の質の検討-Japanese Journal of Telemedicine and Telecare (日本遠隔医療学会誌) 2:84-87

4)岩木三保、立石貴久、菊池仁志、吉良潤一(2006) 福岡県における重症神経難病患者入院施設確保等事業(福岡県重症神経難病ネットワーク)の実際。 癌と化学療法誌 33:251-253

5)西澤正豊(2007) 神経難病と災害対策。「神経難病のすべて」新興医学出版社

6)山本真、徳永修一、新倉 真、法化図陽一(2008):気切人工呼吸患者への自動喀痰吸引装置の開発、医学のあゆみ、 226:1012-1013

7)青木正志(2008)、神経難病の遺伝カウンセリング。難病と在宅ケア 13:7-9

情報提供者
研究班名重症難病患者の地域医療体制の構築に関する研究班
情報更新日平成21年3月16日