1. はじめに |
|||||||||||||||||||||||||||||||
|
わが国における認知症(痴呆)患者は現在約250万人に迫るとされ、今後更に増え続けるといわれております。どのような原因にし ろ、「認知症になると徐々に進行し一生治らない」と思われがちですが、じつは手術で治療可能な認知症があります。その一つである最近世界的に特に注目され ている「特発性正常圧水頭症」について説明します。 精神活動の低下(痴呆症状)、歩行障害、尿失禁を呈する高齢者のうち、著明な脳室拡大を認めるにもかかわらず、腰椎穿刺で測定し た脳脊髄圧は200mmH2O以下と正常範囲であり、しかし、髄液短絡術(シャント手術)を行うと上記の症状が著明に改善する患者さんがいます。このよう な患者さんを、正常圧水頭症(normal pressure hydrocephalus、以下NPHと略す)と呼びます。 |
![]() |
||||||||||||||||||||||||||||||
2. 発生機序 |
|||||||||||||||||||||||||||||||
|
私たちの頭の中には「髄液」と呼ばれる液体がいつも流れています。髄液は、脳の中心にある脳室からしみ出し、脳と脊髄の周りをひ と巡りすると、静脈に吸収されていきます。ところが、加齢に関わる何らかの原因により髄液の流れや吸収が妨げられ、脳室に髄液がたまると脳室が拡大し、特 発性正常圧水頭症といわれる病気を引き起こします。原因不明のものを特発性NPH(以下iNPH)、原因が明らかなものを続発性NPHと呼びます。続発性 NPHの原因としては、くも膜下出血、頭部外傷、髄膜炎などがあげられます。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||
3. 頻度 |
|||||||||||||||||||||||||||||||
|
NPHの正確な発生頻度は明らかではありませんが、痴呆症と診断された患者さんの5~6%が特発性NPHであると考えられていま す。特発性NPHの好発年齢は、おおむね60歳代以降であり、70歳代に多く確認されます。発生頻度にかんしてはやや男性に多いようです。最近の研究論文 において、その発症頻度も徐々に明瞭になってきております。一般的に認知症患者は国内に現在、250万人にせまると言われ、これまで認知症のうち 『iNPH』である患者は5%(約12.5万人)と考えられていました。これまでの分析調査の結果、『iNPH』が疑われる人の有病率は高齢者(65歳以 上)の0.51~2.9(1.1)%であると推定されております。日本人口の高齢化率(約22%)で換算すると低く見積もっても約31万人(人口10万人 あたり約250人)の方が罹患している可能性があると言えます。『iNPH』の有病率は、よく知られた疾患である認知症や歩行障害を呈するアルツハイマー 病の有病率高齢者の約4%(人口10万人あたり1,000人)やパーキンソン病の有病率高齢者の0.4%~0.7%(人口10万人あたり100~150 人)の間に位置すると考えられます。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||
4. 症状 |
|||||||||||||||||||||||||||||||
|
NPHでは、精神活動の低下(痴呆)、歩行障害、尿失禁の三つが主症状(三徴候)とされています。記憶障害がひどくなるアルツハイ マー病の症状とは大きく異なり、iNPHの認知症状では、集中力や意欲、自発性が低下し、一日中ボッーとしている、呼びかけに対して反応が悪くなるといっ たことがみられます。このような症状が比較的短時間に現れた場合は、iNPHである可能性が強く疑われます。また、歩行障害では、足が上げづらくなり小股 でよちよち歩く、Uターンするときに足元がふらつく、うまく止まれないなどの特徴的な症状が現れます。とくにiNPHの初期には、このような歩行障害が出 やすいといわれています。さらに、トイレが非常に近くなる頻尿の症状や、尿意が我慢できなくなり失禁するようなことも起こってきます。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||
歩行障害何らかの歩行障害があるか、どの程度の歩行障害なのか
認知症認知症があるか、どの程度の認知症なのか
尿失禁尿失禁があるか、どの程度の尿失禁か
しかし、これらの症状は、いずれも年をとると出現しやすいもので、しばしば見落とされたり、他の原因による認知症と間違われたりすることがあります。つまり、手術すれば治るにもかかわらず、多くの人が治療されないまま、放置されている現状があるのです。 したがって、3大症状のうち一つでも症状が現れ、その原因がはっきりしない場合、あるいは、すでにアルツハイマー病や パーキンソン病であると診断され、治療を行っている人でも、症状がいっこうに改善しない場合はiNPHを疑い、神経内科、脳神経外科を受診し、専門医にご 相談することをお進めします。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||
5. 診断 |
|||||||||||||||||||||||||||||||
|
上記の三徴候のいずれか一つ、あるいは複数を認め、頭部CTやMRIで脳室の拡大が確認されれば、NPHを疑うことになります。 ただし、老人性痴呆でも脳萎縮にともなって脳室が拡大してくるので、NPHとの鑑別が問題になります。そこで、腰椎穿刺により約20~40mlの髄液を排 除して、症状の改善がするかどうかを試す検査(髄液排除試験)を行います。入院の必要はなく、外来で安全にできる検査です。髄液タップテストの翌日以降、 症状の改善がみられる場合は、手術が有効であると診断されます。髄液排除により症状が改善した患者さんでは、シャント手術の有効率が極めて高いといえま す。その他、RI脳槽造影・CT脳槽造影、頭蓋内圧測定、脳血流測定などを行うこともあります。これらの画像検査では「髄液により脳が圧迫されているかど うか」、その状態を確認するほか、髄液の循環を妨げている原因についても観察します。また、同時に他の脳の病気がないことも確かめます。 |
![]() |
||||||||||||||||||||||||||||||
6. 治療法 |
|||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||
|
iNPHの治療では、髄液の流れをよくする「髄液シャント術」と呼ばれる手術が行われます。これは、流れの悪くなった髄液通路の 替わりにカテーテル(管)を体内に埋め込み、そこから脳室に過剰にたまっていた髄液を排除することによって、脳室のサイズを元に戻し、脳の機能を正常化さ せる治療法です。 髄液シャント術の方法には、(1)脳室-腹腔シャント、(2)脳室-心房シャント、(3)腰椎-腹腔シャント(上図参照)があり、わが国においては、脳室 -腹腔シャントがいちばん多く行われています。頭蓋骨に小さな穴をあけ、脳室から腹腔までカテーテルを挿入する脳室-腹腔シャント術は一見すると大手術の ように思えますが、脳外科分野の中でも比較的かんたんで安全な手術で、30分~1時間程度で終了するものです。ただし、シャント手術が有効な患者さんで あっても、発病から長期間経過してしまうと、治療効果を期待することは難しいとされています。症状の改善を得るためには、ある一定量の髄液を排出させる必 要がありますが、髄液の排出が過剰になると硬膜下水腫や血腫が発生します。このような合併症を防ぐために、最近では体外から磁石を使って圧を変更すること ができる圧可変式バブルや、より積極的に髄液の過剰排泄を防止する抗サイフォン機構付きのバルブなどを用いることが多くなっています。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||
7. 予後 |
|||||||||||||||||||||||||||||||
|
適切な手術適応を守る事により、特発性NPHの80~90%以上の患者さんで、術後になんらかの症状改善がみられます。髄液シャン ト術による3大症状の改善率は、歩行障害が9割前後、認知症と尿失禁が5割前後と、高い効果がみられます。とくに、歩行障害では劇的な改善を示す例が少な くありません。また、最近は治療の技術が進歩し、あらかじめ「可変式差圧バルブ」と呼ばれる機器を埋め込んでおくことで、体外より髄液圧を変更できるよう になりました。つまり、患者さんの状況に合わせて、脳室から流れ出る髄液量を適切に調節できるため、髄液シャント術による効果が長く持続できるようになっ たのです。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||
8. おわりに |
|||||||||||||||||||||||||||||||
|
シャント手術によるNPH の治療成績を向上させるためには、早期診断、早期治療が必要です。上記三徴候のいずれか一つでもあれば、NPHを疑って専門医の診察を受けることが重要です。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||
HOME >> 病気の解説(一般利用者向け) >> 正常圧水頭症
正常圧水頭症
せいじょうあつすいとうしょう
| 研究班名 | 神経・筋疾患調査研究班(難治性水頭症) |
|---|---|
| 情報更新日 | 平成22年2月15日 |







